脚本作法6:雑なト書きの弊害

当サイトは「面白い物語を作るため」が方針で、書き方や原稿ルールなど初歩的なことは記事にしません。「脚本作法」シリーズはライターズルームへの共有として残しているものです。シナリオスクールやコンクール応募時のルールとは違う部分があっても、こちらでは責任は負えません。

脚本見本

まずは添削の基本となる脚本をお読みください。雨森れにさん『干物箱』vsの冒頭部分からの引用です。
『干物箱』雨森れに(主人公が犯罪者)_v2

※この作品はライターズルームのメンバーによるもので、作者の了承を得た上で掲載しています。無断転載は禁止します。本ページへのリンクは可能です。

1. 歌舞伎町・道路(夜)
パトカーの光。野次馬が遠巻きに見ている。金本明宏(49)がパトカーに誘導される。アスファルトの上には血だまりができている。

2. 刑務所・外観(昼)
門の前にスーツ姿の高橋圭介(37)が立つ。

3. 刑務所・面会室(昼)
金本と高橋がアクリル板越しに向かい合っている。部屋の端には刑務官Aが立ち、刑務官Bが書記をしている。
金本、申し訳なさそうに笑いながら、
金本 「大丈夫、大丈夫。ぜーんぶ償うよ」

原稿から人格を疑われる

脚本は「撮影のための設計図」です。ト書きに曖昧なところがあるとスタッフが困ります。

それ以前には、脚本は「読み物」でもあるので「状況がわからない」「イメージが沸かない」「解釈を求められる」といったト書きがあると、読む気も失せます。

コンクールでは、落とされる可能性も高いかもしれません。

「自分の作品を映像化したい!」という脚本家志望の人間は何万人もいます。

1つのコンクールの応募で1000~2000通。

応募をしていないけれど、全国のスクールなどに通っている人たちは、その数倍います。

セミプロや、業界で仕事をしながらも、脚本を書き続けている方々も多いでしょう。

そんな中で、自分の作品を読んでもらい通してもらうには、何が必要か?という視点を持ちましょう。

就活のエントリーシートが雑とか、履歴書の写真が歪んでいたら、どうでしょう?

雑な原稿は、そういった類いです。

この原稿は修正稿で、ルール違反を指摘されながら修正されていないという辺りも、作者の人格を疑われかねません。

きちんと伝えること

さて、人格まで一刀両断にしたところで(課題でよかったね?笑)、ここからは建設的に、問題点の指摘と、どう修正していくかを考えていきます

まずはシーン1から。

1. 歌舞伎町・道路(夜)
パトカーの光。野次馬が遠巻きに見ている。金本明宏(49)がパトカーに誘導される。アスファルトの上には血だまりができている。

「歌舞伎町」という指定は撮影上、大変だろうなという懸念がわきます。全体を読んでも「歌舞伎町」が舞台である必要は全くなく、撮影のことが想像できていれば「繁華街」ぐらいに曖昧にしておくでしょう。逆にスタッフからしたら「歌舞伎町じゃなきゃいけないの? この脚本家、撮影の大変さわかってないよね?」と思われるでしょう。

次にト書きにいきます。
「パトカーの光。」
ヘッドライト? パトランプ? 特定できません。せめて「赤い光」とあればパトランプかなと思います。名称がわからなければググれば済みますし、あまり一般的でない名称は、わかりづらさの原因にもなるので、あえて「パトカー上の赤いランプが光っている」とか書けばきちんと伝わります。とはいえ「パトランプ」は一般名称なので、普通に書けば良いでしょう。

「野次馬が遠巻きに見ている。」 
パトカーとやじ馬の位置関係に混乱します。パトカーの前にやじ馬が集まっているのか? やじ馬に割って入るようにパトカーがゆっくりと入ってきているのか? 「遠巻きに見ている。」というのもひっかかります。これは「見ている対象を」提示したあとの表現でしょう。次の金本のト書きと逆では?という気もします。先にやじ馬を提示したいなら、それなりの書き方があります。

「金本明宏(49)がパトカーに誘導される。」
誘導とは? マイクで端に寄るようにといった指示? それは車を誘導する仕方ですね。少なくとも声を使うならセリフに書くべきです。好意的に解釈して、警察官に挟まれてパトカーの中に連れ込まれるシーンでしょうか? 全体や人物表を読めば犯人とわかりますが「誘導される」だけなら、被害者として保護されてる可能性も浮かびます。丁寧な文章が欲しいところです。

「アスファルトの上には血だまりができている。」
殺害直後で刺した相手の遺体もあるのでしょうか? ブルーシートなどかけられた遺体があって、そこから血だまりが流れ出ているとかなら特定はできますが(ちなみに血のかたまり具合で殺害からの時間も想像されます)、血だまりだけ見せられても曖昧さが残ります。前シーンを被害者と読み違えていたら、金本の血?と読み違えてしまう人もいるでしょう。もちろん原稿全体を読めば想像はつくのですが、初見でとても掴みづらい=読む気が失せるのです。

「撮影のための設計図」という視点から見たらト書きが曖昧だと、スタッフのなかで解釈をしなくてはなりません。

ああだ、こうだ、解釈をして、結局はわからないから、書いた本人に確認しようとなるなら、最初から混乱しないように書くべきです。

「曖昧な設計図で制作されるもの」を想像してください。

テーマなどに含みを持たせる描写と、説明が不十分なための曖昧さはまるで違うのです。

誰が見ても同じような映像が浮かぶように書くべきです。

シーン内容は変更せずに、修正例を提示します(優しい先生だなあ笑)。

1. 繁華街・道路(夜)
 パトカーが停まっている。赤いランプがクルクルと点灯。
 地面に流れている血……
 ブルーシートがかけられた死体から流れたものである。
 やじ馬の中、警察官に挟まれて連行されていく男――金本明宏(49)である。
 パトカーに入れられ、ドアが閉まる。

「クルクル」とか「流れている血」で映像的な動きが出ます。
「金本」→「血」を、「血」→「金本」とした入れ換えたのは、この作品は殺人事件を追うミステリーではなく、刑務所にいる金本のドラマだからです。
元の稿にあった「血だまり」でシーンを終わると、事件の予感が出てしまいます。
説明の順序(映像で見せる順序)として「殺人事件があった」→「その犯人が金本という男である」と見せる方が、この作品に相応しいでしょう。
また、刑務所という空間に閉じ込められていることをセットアップすることによって、作者の狙いにある「どこにいようと他人を想うきっかけが存在する」が引き立つはずです。
トップシーンで閉塞感を暗示するためにもパトカーのドアが閉まるところでシーンで終えて、次へつなぎます。
ドアの閉まる音で暗転させるのは、編集のリズムも良いでしょう。

シーン2へ行きます。

2. 刑務所・外観(昼)
門の前にスーツ姿の高橋圭介(37)が立つ。

「門の前に~立つ」という書き方では「どんな気持ちで、ここへ来たのか?」「これから何をしようとしているのか?」何も伝わりません。刑務所から出て来たところなのか、入っていくところなのかも不明です。人物表を読めば、誰かはわかりますが、映像でみる観客は「?」しか浮かばず、前シーンからの気持ちの流れも途切れてしまうでしょう。そもそも、このシーンの大問題は、この脚本の主人公は金本なのか? 高橋なのか? です。ログラインを読めば金本とあるので、それなら、ここで高橋視点のシーンを入れる必要などないのです。長編で二人を主人公として立てていくなら別ですが、短編で主人公のキャラクターアークを丁寧に追うことを課題にしています。一人のアークが描けなきゃ、二人主人公の話など書けません。前シーンを「パトカーのドアが閉まる」=「閉じ込められる」ところで終えていれば、すんなりと次の「面会室」につないだ方がスムーズです。修正例としては、このシーンはカットです。

3. 刑務所・面会室(昼)
金本と高橋がアクリル板越しに向かい合っている。部屋の端には刑務官Aが立ち、刑務官Bが書記をしている。
金本、申し訳なさそうに笑いながら、
金本 「大丈夫、大丈夫。ぜーんぶ償うよ」

「向かい合って話している」ところからシーンを始めるのは、編集でも繋ぎづらいでしょう。動きがないからです。シーンとして部屋や刑務官を見せたりしている間は無言でしょうか? 変な間ができてしまいます。金本のセリフ「大丈夫、大丈夫」の前には、高橋は何と言っていたのでしょうか? このセリフから始めるのが本当にベストでしょうか? シーン2を入れたとしても高橋が誰か?は観客は特定していません(弁護士や家族と予想する人もいるでしょう。これ以前のシーンで金本がヤクザと特定できる描写がありませんし)。そんな中「大丈夫、大丈夫」というセリフからでストーリーやキャラクターに観客がついていけるのか? かなり怪しいところです。ミニプロット系であれば、これぐらいの切り取り方はしますが、ショットや演技を精査した上で、セリフを最小限にします。この原稿では、そういう上質なシーンを描こうとしているというより、曖昧さが出て、読みづらくなっているだけです。シーン2をカットしていれば、高橋が待っているところに、金本が連れられてこられるといった動きから入る選択もありますし、高橋が謝罪して頭を下げるといった動きから入れば、二人の関係性も掴めてスムーズだとは思います。また、より根本的なバックストーリーの問題として、高橋が逮捕されて→裁判→刑務所という期間、一切会ったり手紙はなかったのでしょうか? 以前にやりとりがあれば、今さら「ぜーんぶ償うよ」は不自然ではないか? あるいは久しぶりであれば、久しぶりのリアクションとして相応しいのか? といった疑問が払拭できません。読者・観客は、そういった曖昧な流れのままキャラクターやストーリーに共感していくのは難しいでしょう。

ちなみにテンプレートの使い方ルールとして、人物名は三文字合せ、隙間はスペースと指示してあり、過去に何度か指摘しています。まずは基本的な原稿に対する姿勢から直していってもらいたいものです。

読む人の気持ちを考えることは、観客を楽しませることに繋がります。

せっかくの素敵なドラマも、雑に書いてしまえば読んでもらえません。

世の中には実力はあるのに、テストや試合で失敗ばかりして評価されない人がいます。

そうならないためにも、最低限のマナーを守りましょう。

緋片イルカ 2023.2.12

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