蛙化現象保護委員会(リレーエッセイ3)

「蛙化現象保護委員会」なるものを運営している。というか今立ち上げた。発端は友人とのウォーキングだ。正しくは、ウォーキング中に友人といつもしている通話である。一人で近所の公園を徘徊しながら、スマホ越しの友人と言葉の誤用について話し合うという些か不自然な挙動に及んでいた時に、思い出したのだ。あの憤りを。「てかさ、蛙化現象っていう言葉の意味が変わっちゃった件、未だに許せないんだけど」。

「蛙化現象」とは元々、「好きな人から好意を向けられた途端、気持ち悪く感じるようになってしまう現象」のことを指していた。Wikipediaによると世に広まったのは2019〜2020年頃で、グリム童話「かえるの王さま」が元ネタとなっている。

しかしこの言葉はあっという間に、「好きな人の情けない姿を見て幻滅する」のような意で使われるようになってしまった。Wikipediaでは「交際相手などの嫌な面を見て幻滅する」こととされているが、体感としては「嫌な面」がもっぱら「本来、幻滅するほどのことではない些細なこと」として使用されていることが多いように思う。いずれにせよ、そうした意味合いで使われている現場を目撃する度にモヤモヤしていた。そういう意味じゃないのになと。

しかし、「蛙化現象」という言葉を見聞きした時、イメージとしてよりすんなり結びつくのは後者である、というのも理解できる。蛙ではなかったもの(恐らく蛙より良いとされるもの)が、蛙になってしまった、というニュアンスの方がスムーズに思い浮かぶし、受け入れやすい。そもそも「蛙化現象」という言葉を聞いて本来の意味が思いつくだろうか。「好きな人から好意を向けられて気持ち悪く感じる」という現象を、「蛙化現象」と呼ぶことに無理がないか。更に、元ネタとなった「かえるの王さま」は、「王女が自分を助けてくれた蛙と嫌々過ごしていたら、蛙が元の姿(別国の王子)に戻ったので好きになり、結婚する」という話である。この時点で既に「蛙化現象」とは真逆の展開に近い。どこが元ネタやねん!という感じだ。

それに、言葉は変化していくものだ。意味が変わったり、誤用が誤用でなくなる例などいくらでもある。「蛙化現象」の変容について目くじらを立てるのは、言葉の歴史を鑑みても狭量で、柔軟性が無いだけではないか。そう思い、自分を納得させていたのだ。

しかしだ。友人とのウォーキングでぽろっと溢してしまった私の憤りに、友人は全力で同意してくれた。そこからはもう止まらなかった。

仮に「蛙化現象」の変質を甘んじて受け入れたとする。では、本来の「蛙化現象」を表現する言葉が他にあるか?これまであっただろうか。私の認識している範囲では、無い。では「好きな人の情けない姿を見て幻滅する」ほうはどうか。いや、「幻滅する」があるやんけ!無論、「幻滅する」という言葉自体には、「情けない姿を見て」という発端のニュアンス感、小規模感までは含まれていない。しかし、「幻滅する」以外にも「がっかりする」、また最近であれば「萎える」などいくらでもそれらしい補助的ワードがあるではないか。萎えたと言え、萎えたと!「好きぴがフードコートでめっちゃキョロキョロしててさ〜、なんか萎えたわ〜」。これで良いではないか!本来の「蛙化現象」には「蛙化現象」という言葉が登場するまで、その現象を一言であらわす方法が存在しなかった。「蛙化現象」の意味を初めて知った時、「うお〜!あるわ〜」と軽く感銘を受けたものだ。なんとなく体感として身に覚えもあったし、それらしい現象について考えたり、人と話したこともある。しかしその頃それを一言で説明する言葉は無かった。だから「蛙化現象」が登場した際、「うお〜!あるわ〜」と改めてそれを認識したのである。なんなら、「あの現象にやっと名前が付いたのか〜!」まであった。

人間はどうしたって言語生物であり、言語を介さずに物事を認識しようとするとその難易度は上がりやすい。言語化されて初めて明確に認識されたと言っても過言ではない事象も存在する。「セクハラ」や「ストーカー」などはその好例であろう。それらをあらわす言葉が生まれたからこそ、その問題性や被害、悪質さが広く社会で認知されるようになったと言える。「いじめ」を内容いかんに関わらず一纏めに「いじめ」という言葉で表現するのは不適切ではないか、中身に応じて「暴行罪」や「傷害罪」などの言葉を用いるべきではないかという議論もある。名前や呼称の有無、表現のされ方は時として我々の認知にも影響を与える。非常に重要な問題なのだ。

そう考えると、「蛙化現象」の意味に拘ることは狭量か?否、である。名もなき現象に初めてついた名前が、既存の言葉でも十分に説明可能な、ありふれた現象をあらわす言葉として収奪されている。このような暴虐を看過して良いのか。否である!これから先、本来の「蛙化現象」について話す時どうすれば良い?「好きな人から好きになられた途端、何故か気持ち悪くなっちゃうやつ、あるよね〜」とまたイチから説明するのか?一度は「蛙化現象」という便利な言葉が生まれたのに?!これほど非効率的なことはない。そんなんだから人類のエネルギー問題は解決しないのである!

故に、私は「蛙化現象保護委員会」を運営していくのだ。「蛙化現象(誤用ver.)」を撲滅するまで。あるいは、誰か「蛙化現象」に代わる新しい言葉を考えてください。ここまで誤用が広まってしまった以上、「蛙化現象」は「蛙化現象」に差し上げるので。「蛙化現象」をあらわす新しい「蛙化現象」を。早く。やっぱり元ネタとの乖離にも結構モヤモヤするし。

余談だが、私は「血眼(ちまなこ)」をしょっちゅう「ちなまこ」と言い間違えてしまう。どうしても言いづらい。「ちまなこ」が。普通に。頻繁に、血塗れのナマコを爆誕させてしまう。可哀想だ。普通に。あと普通にこの文章の中にも、私が夢にも思わないような誤用やらなんやらが平気で紛れ込んでいるかもしれない。「〜まである」とかもめちゃくちゃ最近出てきた表現だが、便利すぎる。普通に。所詮、私の言語感覚もそんなもんである。

(調べてみたところ、ナマコに血管は無いらしい。マジかよ。ではナマコは血塗れにならないということか。でも「血ナマコTシャツ」なるものは存在していた。めちゃくちゃである)

2026.1.7 しののめ ののの

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