「木乃伊」読めますか?(ゲス漢10)

※漢字の答えは広告の下にあります。小説内にお題の漢字が出てくるので、よかったら推測しながらお読み下さい。

大学の授業が休講になったとかで水母(クラゲ)から動物園へ行きたいと連絡が入った。この前は水族館で、今度は動物園か。子どもの遠足みたいだが、彼女とはもう少しこの関係を楽しんでもいいと思う。
 若い頃はヤれるのであれば相手は選ばないところもあったが、年のせいだろうか、最後までいくことに拘らなくなってきた。ホテルへ行くよりも、ただ街を歩くだけのような時間が心地よく感じられる。俺にもそろそろ強壮剤が必要だろうかか。
 水母にLINEを返していたら、いつのまにか誰もいなくなっていた。屋上の喫煙所。ここで吸う一本は嫌いじゃない。東京タワーもスカイツリーも新宿のビル群も、360度、東京の景色が眺められる。
 その一角で、遠くを眺めている男がいた。年は俺より上だろう。定年間際の干からびた木乃伊のような男で、今にも自殺でもしそうな陰気なオーラをまとっている。
「おい、何してるんだ」
 なぜだか声をかけてみる気になった。飛び下りられたら困ると思ったわけじゃない。ただのきまぐれだ。
「あ、下衆山営業部長」
「たしか……小林だったか?」
「いえ、田中です。以前に営業部に配属されたときはお世話になりました」
 田中は天辺禿をこちらに向けた。
「そうか。覚えてないが」
「20年ぐらい前ですから。今は総務部の補佐請負というところにいます」
「なんだそりゃ? 聞いたことないな」
「ええ、私含めて5人しかいないので……」
 補佐請負、つまりは雑用係。窓際族向けの部署ってことか。
「あの、下衆山部長……こんなところで、しかも20年振りに声をかけていただいて、こんな話をするのもあれですが、折り入ってお願いしたいことがあるのですが……」
 部署を異動させるぐらい簡単なことだが、田中だったか小林だったか、名前すら覚えられない男のために俺が労する義理はない。
「いえ、お願いというよりは教えていただきたいというか、なんというか」
 めんどうくさい奴だ。
「なんだ? 早く言え」
 だが、その男の次の言葉は意外なものだった。
「下衆山部長は、その、女性関係が奔放だと噂はかねがね聞いておりますが、あ、もちろん、批判とかそういったことではありません、むしろ、憧れというか、その、私、51歳にもなって、経験がありませんでして……」
「経験ってセックスのか?」
「はい……でも、今週末にある女性と初めて会うことになっているのです」
「出会い系か?」
「いや、きっかけはそうですけど、気持ちは純粋な愛です。僕と彼女は愛しあってるんです」
 青白かった木乃伊の頬に血の気が巡った。
「だけど、相手の女性も初めてなんです。僕も彼女――年は私より2つ下なんですが、二人とも、もうそういうこととは一生、縁がないと思っていたんです。最初は何気ない話をしてたんです。電車でマナーの悪い子どもを注意しない親を見ると腹立たしいよね、なんて」
 そういえば以前、うるせえクソガキの尻を蹴りとばしてやったら、母親が訴えてやるとか騒ぎたててきたが、その父親は、俺の親父の会社の人間だった。それがわかると、親子三人、菓子箱もって謝りにきた。ご指導ありがとうございました、なんてほざいてやがった。
「下衆山部長、私、ちゃんと、その、アレが出来るか自信が無いのです。どうしたら上手くやれるでしょうか?」
「蹴り飛ばせ」
「け、蹴り飛ばす?」
「ああ、相手がうだうだ抜かしたら蹴り飛ばしてやれ」
「はあ……」
「ただ、腹はダメだぞ。男ならいいが女の腹はダメだ。尻ならいくらでも蹴っていい」
「なるほど、尻ですか。女性はそういうの喜ぶものなんですか?」
 木乃伊男はメモでもとりそうな勢いである。
「ああ、喜ぶぜ。喜ばない女はいない。俺が言うんだから間違いない」
 腕時計を見た。ぐずぐずしてると無駄話に永遠と付きあわされそうだ。
 俺は水母にこれから会う待ち合わせ場所を指定した。動物園を散歩でもしながら、この田中だか小林だかの話を聞かせてやろうと思った。




今日の漢字:「木乃伊」(みいら)
どうして、この字がミイラを表すのかははっきりしないようです。14世紀に中国の陶宗儀(とうそうぎ)という人が書いたのが始まりのようです。受け売りなので興味のある方はこちらのサイトでお読み下さい。僕はこの字は内田康夫先生で覚えました。

(緋片イルカ2018/11/5)

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