「一度きりの人生、後悔のないように生きなさい」
ドラマや映画でもよく耳にする。上司や先輩に言われた記憶もある。たった一度の人生で、やりたいように生きろという教えだ。幾度となく聞かされるたびに私は考える。
「後悔のない人生とは、何なのだろう」
私は後悔にまみれた人生を送ってきた。あのときこうしなければという後悔を繰り返し、あのときこうしていたらという後悔に溺れた。
もし後悔をやり直すことができるとしたら、私は高校時代、いや大学時代にも戻りたい。やり直したいことが山積している私の人生におけるもっとも尖った7年間。今となっては笑い話なる話だが、当時は多くの人に多大なる迷惑をかけた。傷つけた、苦しめたと表現しても過言ではないかもしれない。もちろん法を犯したわけでない。ただ言わなくていいことを言い、言った方がいいことを言わなかっただけだ。衝突を繰り返し、溝を生み、居場所を失い、後悔を重ねた。
思う、もしすべての言動を正しい方向に修正できたらどうなるだろうと。言った方がいいことを言い、言わなくていいことを言わない。そんな真面目な好青年になれただろうか。
「真面目な好青年になりたかっただろうか」
時折懐古しては抱く戻りたいという感情。しかし思考はやがて、戻りたくないという矛盾する感情に回帰する。
選択とは掛け違えたボタンに等しい。ひとつズレるとすべてがズレる。もしひとつの後悔をやり直せば、その後の選択も違った方に進み、今の私とは全く別の私ができあがる。それこそ、真面目な好青年になることもできるだろう。
「私はどこまでいっても尖っていたいのだ」
数年前、新卒で入社した会社を秒で退職した。思い出し、時に後悔することもある。その会社に今も勤めていたら、きっと今より給料もよく、立場もあって、安定したいい生活をしている。だが私は決してその後悔をやり直したいとは思わない。
あのときの後悔を抱えているからこそ書ける物語がある。
物語を紡ぎたいという想いを支える背景には後悔がある。社会人として仕事に忙殺される日々を送っていたら掻き消されたであろうその想い。私のキャラクターコアを形成する物語への情熱は、後悔を重ねたことで手繰り寄せることができたのだ。
一度きりしかない人生で、後悔のないように生きることはできない。だが、私はこの選択を後悔はしていない。ここにいてよかったと思える人生を送っている。不思議な縁に導かれるようにして、創作の海を航海している。
きっとこの先は荒く険しい航海となるだろう。過去より今よりもっとずっと、きっと荒波の海だ。後悔を繰り返すことになるかもしれない。戻りたいと思うこともあるかもしれない。
しかしこれは私の決意表明だ。
それでも航海を続けていく――。
2026.01.06 山極瞭一朗
