孤独なパフォーマーの終焉(リレーエッセイ5)

10代の頃、人気のない夜道は私だけのランウェイだった。

その魔法のトリガーは、耳に差し込んだイヤホンだった。私のプレイリストは、当時のカリスマたちの洗練されたナンバーで埋め尽くされ、ノイズキャンセルなんて気の利いた機能がなくても、鼓膜を震わせる重低音は、日常を輝く世界に塗り替えてくれた。アスファルトはステージに、街灯はスポットライトへと変貌した。

ダンスの才能なんて微塵もなかった。でも、音楽が鳴るとじっとしていられず、私は必死にリズムに食らいついた。全身で曲を吸収しようともがき、湧き上がる情熱を表現しようと、腰はぐねぐねと勝手に動いていた。

誰も見ていない夜道で、私は世界に愛された孤独なパフォーマーとして、自分だけの完璧なステージを作り上げていた。

……と、その時である。肩を叩かれた。
驚いて振り返ると、そこには父が立っていた。父は、冷めた目で私を見ていた。

「お前、変な歩き方してるぞ」

その一言で、私の脳内は目まぐるしく回転した。父は、どこから見ていたのか。私の必死の腰ふりを全部見ていたのか。イヤホンで作り上げた完璧な世界が一瞬で崩れ去り、羞恥が全身を駆け巡る。

「……いつから?」
「ずっと後ろにいたよ。動きがおかしいから、どうしたのかと思って」

娘を心配するような父の言葉。全能感が音もなく崩れた。さっきまで「完璧なアーティスト」だった女は、実の父という冷静なフィルターを通せば、ただの「腰をいわした不審な娘」に過ぎなかったのだ。

私は、無言でイヤホンを外した。あんなに輝いていたはずの音楽は、ただの音符に戻り、先ほどまでの情熱的なステップは、思い出すだけで地面にめり込みたくなるほどの恥となっていた。

私は、父と並んで歩き始めた。家までの300メートルが、体感3キロあっただろうか。普段なら、なんでもない距離が、父の視線という重力によって際限なく引きのばされていくようだった。

誰も見ていないと信じていた夜道にも、ちゃんと観客はいたのだ。
孤独なアーティストは、父のひと言で静かに退場した。

そのとき、近所の犬が一斉に吠えた。
きっとあれは、アンコールではない。

2026.3.3 米俵

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