「妲己」読めますか?(ゲス漢11)

※漢字の答えは広告の下にあります。小説内にお題の漢字が出てくるので、よかったら推測しながらお読み下さい。

今でも忘れられない女が一人だけいる。妲己のごとき女だ。
 普段はわざわざ思い出すことなどないが、なにかの拍子にフィルムにかかった映写機が回るように記憶が再生される。たいていは女の匂いのせいだ。
 あの女はいつも同じオーデコロンをつけていた。どこのメーカーの香りかわからないが、俺が知らないということは、おそらく安物だろう。同じ香りをまとった女と街ですれ違うと、思わず振り返ってしまう。
 カオリか?
 俺は立ち尽くしたまま、去って行く女の後ろ姿が見えなくなるまで追ってしまう。
 あれは、まだ20代の頃だった。20年以上も前だ。息子は保育園に入ったばかりで、娘は生まれてなかった。まだまだバブルの余波が残っていて賑やかな時代だった。
 カオリは加納の恋人で、よく三人でドライブへ行った。深夜に千葉の房総まで走らせて、浜辺で打ち上げ花火をやって騒いでたら、近所の住人に警察を呼ばれた。
 車で逃げたが、焼酎を4本もあけていたから、まともな運転などできるはずもなく電信柱を二本倒して区画をしばらく停電させた。
 親父の力でいろいろと揉み消したが人を轢かなかったのは幸いだった。今の若いヤツらからすると狂った時代に見えるかもしれないが、俺達からしたら戦争の方がよっぽど狂ってる。ともかく、あの頃はあの頃で楽しかった。
 運転していた俺は右腕を骨折しただけで済んだが、助手席に座っていた加納はあちこち折って入院した。全治3ヶ月だった。
「私、どうしたらいいのよ?」
 無傷だったカオリの心配事は、恋人よりも自分のことだった。
「毎日、オレの見舞いに来いよ」
「はあ? こんなとこ来て何すんのよ。UNOでもするっての?」
「しょうがねえだろ。この体じゃ。オマエ、浮気すんなよ?」
「知らないわよ。私の自由でしょ」
 そういう女だった。縛られることが嫌いで、やりたいと思ったら何でもする。思ったことは何でも口にする。
「なんか、したくなっちゃった」
と、言うと居酒屋のテーブルの下にもぐりこんで、加納のチャックを下ろして咥えはじめたことすらあった。さすがに俺も目のやり場に困ってトイレにたった。
 加納が入院してしばらくしてカオリの部屋に男が住みついた。
「こんなこと頼めるの、オマエしかいないんだよ」
 カオリの新しい男を見てくるように頼まれた。入院生活のせいか、加納の頬は痩せこけていた。
 カオリの部屋のインターホンを押すと、
「はいはーい」
と、カオリの親しげな声がした、玄関へ近寄ってくる足音はトントントンと恋人を迎える軽さがあった。
 古い扉が鉄の擦れる音を立てながら、カオリが顔を出す。
「よお」
 俺はケガをしてない左手をあげた。
「……ゲス雄くん」
 カオリの声はイタズラを教師に見つかった子どものように弱々しかった。俺が何のために来たのか反射的に感じとったのだろう。俺は、もちろん、この後、木乃伊とりが木乃伊になるのであるが。

つづく




今日の漢字:「妲己」(だっき)
紀元前17世紀頃の中国、殷(いん)の紂王(ちゆうおう)の愛人さん。悪女の代名詞で、「酒池肉林」という言葉も生んだパリピな人。

(緋片イルカ2018/11/6)

「後朝」読めますか?(ゲス漢12)

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