※漢字の答えは広告の下にあります。小説内にお題の漢字が出てくるので、よかったら推測しながらお読み下さい。
仕事をサボるときはいつもこの店にしている。
『喫茶ひまわり』の店主は伊東夏美という女で、年齢は五十三だが、ツインテールと雀斑のせいかどことなく少女じみて見える。
離婚を機に店を始めて十五年。いまは駅前のチェーン店に押されて寂れてしまっているが景気のいい時代もあった。夏美は小学生だった娘を女手一つで育てあげた。
「いまはわたしの趣味でやってるだけだから」
店先に掲げられている絵本のような向日葵(ひまわり)の看板は小学生だった娘が描いたものらしい。
俺がどうしてこの店の事情に詳しいのかというと、夏美とは何度か寝ているからだ。
この店に通うようになって世間話をするうちに、いろいろと相談に乗るようになった。店の新メニューの味見から始まり、珈琲豆の仕入れ先とトラブルになったときに間に入ってやったり、レジのお金を猫糞する客がいるというので一緒に捕まえたりもした。
お礼に、と自宅になっている店の二階へ招かれたのが最初で、それから誘われるとあがる関係になった。
娘は学校だというのでのんびり裸のまま寝転んでいたら、午前授業とかで急に帰ってきた。俺は間男よろしく、着の身着のままで裏口から逃げ出した。さいわい娘と顔を合わせないで済んだが夏美の方では店を閉めていた言い訳に風邪だと嘘をついたため、かいがいしく看病しようとする娘に心が傷んだと言っていた。
自分で言うのもおかしいが、夏美にとっては夫代わりの存在だったのだろう。店と子育てでプライベートな時間など持てなかった彼女のさみしさを埋めていたのが俺だったのだ。
「来月、結婚するのよ」
「え?」
コーヒーカップをもつ手が急に重くなったような気がした。ソーサーに戻すと凹みにはずれてガチャリと鳴った。店には俺と夏美しかいなかった。
「もしかして動揺してるの?」
「いや、ちょっと驚いただけだよ」
「ショックなの?」
夏美の声色は険しい。YESと答えて彼女の門出を邪魔するのは気が引けたが、NOと答えるのは今までの関係を反故(ほご)にするようで違うような気もして、すぐに返答できなかった。
「まさか……さすがにそれはないと思ってたのに……」
腹からのため息を吐いて、夏美はカウンターの中へ戻って行った。
「おい、なんでそんな顔をするんだ。俺は君とのことは、その……」
「私?」
「ああいう関係ではあったが、ただの身体目当てとかではないし、この店にくるのだって、珈琲がうまいからだし……ちょっと寂しい気はするが君が結婚するなら祝ってやりたい気持ちもあるんだ」
夏美はプロポーズでも受けたような目をして俺を見てから、吹き出した。
「あははははははは」
「ん?」
「結婚するって、娘よ。私、てっきり、あなたが娘にまで手出してたのかと思ってびっくりしちゃった」
「俺があの子に? まさか、そんな訳ないだろう」
勘違いだった。二人とも。
「あっはは、そうよね、おかしい」
いたずらな上目遣いで俺を見ると、
「でも、下衆山さん、私のことそんな風に思っててくれたんだね? なんだか嬉しかった」
「んん……」
俺は首を掻いて席へ戻った。珈琲は冷めていたが乾いた喉に心地よかった。
今日の漢字:「雀斑」(そばかす)
顔などにできる皮膚のシミ。斑点が蕎麦殻に似てることから「そばかす」という読みができ、雀の卵の模様に似ていることから「雀斑」の漢字が当てられるようになったそうです。雀卵斑(じゃくらんはん)、夏日斑(かじつはん)という呼び方もあるそうです。そばかすと聞くと、ジュディマリの曲も思い出します。
(緋片イルカ2019/1/25)
「大蒜」読めますか?(ゲス漢32)