「螺子」読めますか?(ゲス漢19)

※漢字の答えは広告の下にあります。小説内にお題の漢字が出てくるので、よかったら推測しながらお読み下さい。
妻の浮気シリーズは「綺羅星」読めますか?(ゲス漢16)からの連作です。

「お前のこと、好きだったんだよね」
 話題がとつぜん飛ぶのは松山くんのクセだった。
 わたしは勉強でもなんでも、目の前のことに集中すると周りが見えなくなって時が経つのも忘れてしまう。親からも担任の先生からも視野が狭いと注意されていた。いまでは高校生になった娘すら似たようなことを言う。
 だから松山くんの言葉がわたしへの告白なのだと、すぐに気がつかなかった。わたしは目の前のベーコンピザを六等分に切り分けるのに必死だったのだ。
「なあ、今からちょっと付きあってくれないかな?」
 松山くんに言われて、わたしは主婦の務めを放棄してここへ来た。どこか連れていきたいところでもあるのかと思ったら、チェーン店の居酒屋だった。それがなんとも松山くんらしい気がした。30年前、高校生のわたしたちがデートすることがあったなら、やはりこんな感じだったんじゃないかと思う。
「はい、どうぞ」
 わたしは切り分けたピザをテーブルの中央へもどした。仕事帰りのサラリーマンが来るには早い時間で、テーブル席にはわたしたちしかいなかった。
「今の聞こえた?」
「いまの?」
「だから、お前のこと好きだったんだって」
 松山くんは螺子を押しこむように、もう一回言った。
「松山くん……」
 吸い寄せられるように目が合あった。
 わたしはキモチの宝石箱を慌ててひっくり返してふさわしいコトバを選んだ。「ありがとね」と余裕をみせるほど経験豊富じゃないし、「うれしい」だけでは幼すぎる。こんなときに身につけるルビーみたいなコトバをわたしは持ち合わせていなかった。それで素直に言った。
「わたしも好きだったよ、松山くんのこと」
「そっか……」
 松山くんは何度か小さく頷くと考えるように目を伏せた。意外だった。わたしのキモチを知って喜んでくれるかと思ったが、松山くんはただ答えを合わせをするように確かめたかっただけというかんじ。
 溜息を一つついて、松山くんが言った。
「あの頃、どっちかが告白してたら、どうなってたかな?」
 やり直せるならやり直したい。そんな響きだった。
「付きあってたんじゃないかな、たぶん」
「そうか、そうだろうね」
 もしも松山くんと付きあっていたら、わたしは今の夫と結婚することはなかったに違いない。そしたら、わたしはどんな人生を送ることになっただろうか?
 その空想は泡沫に消えた。
「あいべつりく、おんぞうえく、ぐふとくく」
 愛する人と別れなきゃいけない愛別離苦(あいべつりく)。
 憎い人と会わなきゃいけない怨憎会苦(おんぞうえく)。
 求めても得られない求不得苦(ぐふとくく)。
 呪文みたいなその言葉に、松山くんは囚われているようだった。ほとけ様に救いを求めるみたいに話し始めた。
「妻が不倫してるんだ……」
「え?」
「どこかの金持ちの男と不倫して離婚したいと言われてるんだ……」

(つづく)




今日の漢字:「螺子」(ねじ)
別の表記に「捻子」「捩子」「螺旋」などもあります。「螺」という字は「つぶ」「にし」「ら」などと読んで、いずれも巻き貝を表すそうです。ネジと巻き貝、言われてみると似ている気がします。

(緋片イルカ2018/11/21)

「眦」読めますか?(ゲス漢20)

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