プロットの形式②「クローズド・エンディング」と「オープン・エンディング」(中級編15)

この記事はミニプロットについて(中級編13)からのつづきです。

目次:
①プロットの尺度
②「クローズド・エンディング」と「オープン・エンディング」
③「外的葛藤」と「内的葛藤」
④主人公の数
⑤キャラクターコアとwant
⑥時間の扱い
プロットの形式⑦「因果」と「偶然」

エンディングがテーマを確定する

以前、「ストーリー価値とエンディングの種類」(中級編3)の記事で、ハッピーエンドとバッドエンドについて書きました。

簡単におさらいしておきます。

例にするストーリーを適当に考えてみます。

「イジメられっ子だった少年が、ボクシングを始めて強くなっていき、イジメていた相手とリングで戦う」

はじめの一歩』が浮かぶかと思いますが、ボクシングを中国憲法にすれば『ベスト・キッド』になるし、格闘技以外――将棋なんかに置き換えてもストーリーは成立します。そんな風にオリジナリティやフックを入れ込んでいくこともできますが、ここでは、説明のため、構造のみの単純なストーリーで考えていきます。

「イジメていた相手とリングで戦う」と、アクト3(ビッグバトル)まで提示しましたが、結論をあえて書きませんでした。

普通に考えれば、主人公が「勝利」してハッピーエンドでしょう。そして、読者・観客は「人間は努力すれば強くなれる。克服できる」というテーマを受けとります。

必然的にアクト2の「バトル」では、強くなるための「努力シーン」が描かれることになります。

もしも、練習をサボってばかりいた主人公が勝利したら、エンディングの意味合いがまったく変わってしまいます。

キャラクターのアーク――つまり「努力をして、成長し、その結果としてイジメっ子に勝利する」という過程が描かれていなければ、ラストの「勝利」が白けてしまうのです。

真摯に人間と向き合ってる作家は、こんな間違いは犯しませんが、演出的な盛りあがりだけでアクト3をごまかしている作品は実際よく見かけます。

「敗北」するエンディングも考えてみます。

主人公がアクト2で努力していたのに、最後は敗北する。

そういうエンディングを見せられた観客は「人間は努力しても、変われない」というテーマを突きつけられます。

スポーツのようなジャンルでは相性がよくないエンディングですが、「恋愛」や「戦争」などでは、アクト2に反してバッドエンドになることがあります。悲劇です。

「勝利」にせよ「敗北」にせよ、エンディングによって読者・観客が受けとるテーマが決まるのです。

アークプロットと「クローズド・エンディング」

「クローズド・エンディング」と「オープン・エンディング」について考える前に、クローズド・クエスチョン、オープン・クエスチョンを確認しておきます。

クローズド・クエスチョンとはYes or No で答えられる質問、オープン・クエスチョンは答えられない質問です。

中学英語でいえば、Do you like soccer? と聞けば、Yes か No で答えられますが、What sports do you like? には答えられません。

エンディングでいえば、ハッピーエンドかバッドエンドか、はっきり答えられるものが「クローズド・エンディング」です。

つまり、イジメっ子とのボクシングの試合(ビッグバトル)で「勝利」するか「敗北」するかで終わるエンディングです。

ロバート・マッキーは『ストーリー』で、以下のように書いています。

アークプロットはクローズド・エンディングをもたらす――つまり、ストーリーが提示した疑問のすべてに答えが与えられ、引き起こされた感情のすべてが満たされる。観客は隙のない完結した体験とともに席を立ち、疑問も不満も残らない。(p.64)

わかりやすい説明です。

アークプロットは、エンディングに向かって=伝えるべきテーマに向かって、ストーリーが勢いよく進んでいきます。

テーマにそぐわないムダなシーン、ムダなセリフは停滞を招くので、なるべくカットします。

その勢いがあるからこそ、テーマを強力に伝えるプロットになのです。

アークプロットにおいて、あいまいなエンディングなど許されません。

ミニプロットと「オープン・エンディング」

ストーリー』のつづきを引用してみます。

一方、ミニプロットは、どこか未解決のままで終わることが多い。提示された疑問のほとんどに答えが示されるが、不明のままの疑問がひとつふたつ残され、あとで観客がみずから答えを出さなくてはならない。引き起こされた感情のほとんどが満たされる一方で、自分で満たすべき部分も残される。ミニプロットでは、思考や感情に疑問符がついたまま終わるかもしれないが、「オープン」とは、映画が途中で終わって何もかもが宙吊りになることではない。残された疑問は答えられるもの、感情は解決できるものである必要がある。そこまでに描かれたことから考えて、答えは明瞭で数通りしかないため、ある程度完結させることも可能である。(p.64)

「映画が途中で終わって何もかもが宙吊りになることではない」というのは、ビッグバトルで、どちらが勝ったのか負けたのか、あいまいなまま終わらせるようなものです。

煽るだけ煽って、結末を教えないようなものです。感情移入して、興奮していた読者・観客からしたら「ふざけるな!」という気持ちになるでしょう。見せるところは、きちんと見せるべきです。

辺に気取って、中途半端な終わらせ方をする作家がいますが、これは間違いです。観客は作り手が思っているほど、カッコイイとは思いません。

アークプロットをきちんと書けない作家が、ミニプロットに挑むと、こういうミスを犯しがちです。

「オープン・エンディング」にするなら、きちんと作り込んでオープンに持っていくべきです。

オープン・エンディングを考えるときに重要なのは「提示された疑問のほとんどに答えが示されるが、不明のまま疑問がひとつふたつ残され」るという点です。

ビッグバトルのボクシングの試合で「勝利」か「敗北」をはっきりさせないのはNGでした。

試合結果ははっきりしているけれど、それがハッピーエンドかバッドエンドかわからない。これが「オープン・エンディング」です。

試合には「勝利」したのに(もちろん「敗北」でもいいですよ)ハッピーかバッドかわからないとは、どんな状況でしょう?

「イジメられっ子だった少年が、ボクシングを始めて強くなっていき、イジメていた相手とリングで戦い勝利した」

これだけではクローズド・エンディングのハッピーエンドに見えてしまいます。

では、イジメっ子側のアークも考えてみましょう。

「イジメっ子は、家庭環境が悪く、幸せそうな主人公をついついイジメていた」としてみます。

さらに「主人公は知りませんが、ビッグバトルの試合は賭けボクシングにされていて、イジメっ子は勝たないと命の危険もある」という状況をセットします。

ビッグバトルで主人公が勝利すると、主人公にとってはハッピーエンドですが、イジメっ子側は悲惨な末路を辿るバッドエンドになります。

ハッピーとバッドがわからないというのは、どちらも提示されていないのではなく、両方提示されていて、読者・観客が解釈して構わないということなのです。

読者・観客は、イジメなんかしていたのだから酷い目にあってもしょうがないと思ってもいいし、可哀想だなと思っても構いません。ここに物語の楽しみもあります。

ちなみに、イジメられっ子とイジメられっ子の比率を考えて、7:3とか6:4であれば、イジメられっ子が主人公ですが、5:5となるとそれはコントラストプロットになります。

ただし、前回の記事でも書いたように、2人のアークを2時間に収めようとしたときには、無駄なシーンを取捨選択する構成力が必要で、この能力はやはり、そもそものアークプロットを描けない作家には処理しきれないと、僕は思います。

同様のことは、ショートストーリーでアークを描けるかということにも言い換えられます。

ショートムービーでいう10分とか、小説でいう10枚ぐらいのショートショートで、アークを描けないなら、中篇、長篇でも、無駄なシーンが増えるだけになるでしょう。

(参考:短編映画『紙ひこうき』(三幕構成分析45):ビートの教科書のような短編

短い長さでアークを描けるようになれば、主人公を3人、4人と増やして、群像劇=マルチプロットにすることも可能なのも、おわかりいただけるかと思います。

アークプロットで「オープン・エンディング」にする

ロバート・マッキーは「アークプロット=クローズド・エンディング」「ミニプロット=オープン・エンディング」という区分けしているように見えますが、実際は、この境界はあいまいです。

すなわち「アークプロットでオープン・エンディング」にすることも可能です。一例をご紹介します。

先程は、主人公のイジメっ子の「勝利」でハッピーエンド、イジメられっ子の「敗北」でバッドエンドとしましたが、主人公に2本をアークを背負わせる方法があります。

つまり「勝利」しているのにハッピーでも、バッドでもあるように状況をセットするのです。

ベタなら例でいきますが「主人公にパンチドランカーの危険性があり、次の試合をしたら命を失うかもしれない」というセットアップをするのです。

どこかで聞いたことあると思った人、もちろん、「あの作品」です。(わからない人はクリックしてみてください)

主人公は試合には「勝利」したけれど、真っ白に燃え付きてしまう。これはハッピーなのか、バッドなのか? その判断は読者に委ねられます。

あるいは、「あの作品」では、ボクシングの試合には「敗北」していますが「愛を証明する」という戦いには「勝利」しています。

これらは「ストーリー価値とエンディングの種類」の記事で紹介したアイロニックエンドの例です。

実際、こういう深みこそがアークプロットの真髄だと、僕は思います。

前回記事の「プロットの尺度」として、アークプロットを+2に置きましたが、それは主人公が2本のアークをもっているから1+1=+2なのです。

セーブザキャットのビートシート程度では、形式的なアークしかつくれませんが、ビートの意義を考えていくと、主人公一人の流れに外的と内的の2本の流れを組み込めるのです。

形式的に1本を作れるのが初級だとしたら、2本をしっかり描けるのが「中級編」として求めるレベルです。

ミニプロットで「クローズド・エンディング」にする

これは、アークプロットが理解できている人には簡単ですが、一応、説明しておきます。

短篇のように一本のアークをミニマムに作り、何本かのマルチプロットにし、すべてをハッピーにもっていく。

理屈よりも、作品例を見た方が早いかもしれません。

この手の映画です。好きな人は大好きな映画です。

アークプロットを理解していない人は、アークをミニマムに描くこと自体ができないので、中途半端になりがちなのは、先にも言いました。

それに加えて、マルチプロットにはただの寄せ集めにならないような、全体構成に一工夫がいりますが、それもアークプロットを理解している人ならば、すんなりと理解できるはずです。

緋片イルカ 2022/02/18

次→プロットの形式③「外的葛藤」と「内的葛藤」(中級編16)

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