「ピンチ」再定義・呼称変更(中級編22)

分析会で話題に出た内容で、まとめておきたいことを記事にしておきます。

難しい内容ではありませんが、ビートを知ってる前提の話で、初心者向けではないので「中級編」としました。

三幕構成 中級編(まえおき)

三幕構成の中級編と称して、より深い物語論を解説しています。

中級編の記事ではビートを含む用語の定義や、構成の基本、キャラクターに対する基本を理解していることを前提としています。しかし、応用にいたっては基本の定義とは変わることもあります。基本はあくまで「初心者が基本を掴むための説明」であって、応用では例外や、より深い概念を扱うので、初級での言葉の意味とは矛盾することもでてきます。

武道などで「守」「破」「離」という考え方があります。初心者は基本のルールを「守る」こと。基本を体得した中級者はときにルールを「破って」よい。上級者は免許皆伝してルールを「離れて」独自の流派をつくっていく。中級編は三幕構成の「破」にあたります。

以上を、ふまえた上で記事をお読み下さい。(参考記事:「三幕構成」初級・中級・上級について

超初心者の方は、初心者向けQ&A①「そもそも三幕構成って何?」から、ある程度の知識がある方は三幕構成の作り方シリーズか、ログラインを考えるシリーズからお読みください。

シド・フィールドのピンチに関する文章

分析会の参加者の方が「ピンチ」について僕の捉える定義と違うことを仰っていたのを受けて、元であるシド・フィールドの書籍を読み返してみました。
以下、『素晴らしい映画を書くためにあなたに必要なワークブック シド・フィールドの脚本術』より。

私はこのシークエンスに名前をつけることにした。前半のシークエンスは”ピンチⅠ”、後半は”ピンチⅡ”である。”ピンチ”という名前は、ストーリーを「挟む(ピンチ)」から来ている。プロットポイントⅠからミッドポイントまで、ミッドポイントからプロットポイントⅡまでのアクションを進展させ、ストーリーをしっかり挟んで結びつけ、脱線させないように前進させるポイントという意味を込めたのである。(p.210)

ピンチⅠとピンチⅡの間には、ストーリー上何かしらの関係があることもある。たとえば『テルマ&ルイーズ』では、ピンチⅠでJ.D.(ブラッド・ピット)をテルマとルイーズに車に乗せるが、ミッドポイントでは彼にお金を盗まれてしまう。ピンチⅡでは、警察に捕まったJ.D.が、二人がメキシコに向かっていることを話してしまう。とはいっても、いつでもこんなふうにうまく二つのピンチが対照的になるとはかぎらないが……
 ピンチは使えば使うほど、その価値がわかってくる。第二幕を構成する順序としては、まずは、第二幕のアクションをつなぐストーリーの流れを作る。次に第二幕前半と後半を構成するが、最初にミッドポイントを決め、前半・後半のサブコンテクストを明確にする。サブコンテクストがわかってはじめて、ピンチⅠを決めることができる。
 ピンチⅠが決まったら、第二幕後半に進む。ミッドポイントからプロットポイントⅡまでストーリーを進展させるアクションのテーマ、つまりサブコンテクストは何か? それがわかったら、次はピンチⅡを決めなさい。
 構成の素晴らしい点は、柔軟性があることだ。だから構成上のポイントを変更したくなったら、前後に移動することができる。最初の案はあくまでスタートラインであって、ゴールではないのだ。(p.211-212)

第二幕を前半と後半に分け、それぞれのサブコンテクストと時間枠を決め、ピンチⅠとピンチⅡを設定すると、ストーリーを軌道に乗せる全体的な構成が見えてくるはずだ。その全体像は、第二幕のさまざまな障害を切り抜けるうえで、あなたの指針となることだろう。(p.212)

以上の文章を読むと、僕が定義していた「サブプロット、サブキャラクターに関するもの」という定義は間違っていたと率直に感じました。

サブプロット、サブキャラクターに関するものという印象は、2つめの引用の『テルマ&ルイーズ』の例が分りやすかったために思い込んでいた部分があるように感じました。また、当時の自分の読解力を考えると「サブテクスト」が理解できず、サブプロットと読み違えていたかもしれないとも思いました。

僕が「ピンチ」をビートシートに入れようと思ったのは、この本を読んだときなので、出版年を見たら2012年でした。ピンチをビート化するにあたって「ピンチ1」「ピンチ2」と名付けてしまったのは自分だと思っていたのですが(プロットポイントの呼び方に合わせただけですが)、シド・フィールドがちゃんと書いていて、それを覚えていなかったことに我ながら驚きでもありました。どこかで「僕が名付けた!」的なことを書いていた気もすます。「ミッドポイントを挟むもの」で「ピンチだ」という言い方もしてきましたが、どうして、そんな勘違いをしていたのか、自分でもわかりません。

諸々の謝りを、ここに訂正します。

このサイトを始めるよりはるか昔、かれこれ10年以上「ピンチ」=「サブプロットに関するもの」と定義して、分析してきていたので、今さら訂正するのは、少し抵抗感もありますが、間違ったまま使い続ける方が気持ちが悪いので、本日以降、呼称や定義に関して、いくつか変更していきます。なお、初級編を含めて「ピンチ」に関する過去の記事において修正や訂正をするのは作業が膨大すぎるので、そのままにしておきます。

変更点

ビートシートは僕個人だけでなく、チームでの共通理解として使い始めているので、混乱をきたさないよう注意した上で、以下のように変更・再定義とします。

呼称変更「ピンチ1」「ピンチ2」→「サブ1」「サブ2」
これまで「サブプロット、サブキャラクターに関するもの」と定義して、これまで分析してきた価値を否定するつもりはないので、単に呼称のみ変更して「サブ1」「サブ2」と呼ぶようにしていきます。ストレートな呼び名だし、すっきりした気もしています。

「サブプロット」の定義は広いのですが、とくに「サブキャラクターの新登場シーン」、「主人公の登場しないシーン」などはサブプロットとして拾っていくと意義があると、最近の分析の中で感じています(例:『コーダ』の兄のプロット)

今後の「ピンチ1」「ピンチ2」の使い方について
物語分析の意義としては呼称変更よりも、今後は「ピンチ」を「どのような定義で使うか?」がとても重要です。それはシド・フィールドの言うような要素が、ビートシートに採用するほど物語に有効かどうか?という意味でもあります。有効かどうか?は作品を具体的に分析・執筆していくなかで決めていかなくてはいけませんが、現時点では「バトル」の一種として「ピンチ」として機能しているものを「B1(P1)」といった表記で分析してみるのが良いのではないかと考えています。初心者においては「サブ」だけで「ピンチ」は拾わなくて良いと思います。理由や意図などは、以下の考察をお読み下さい。

「ピンチ」の有効性の考察

改めてシド・フィールドを読んで、現時点での僕の理解は「ストーリーを脱線させないように、PP1~MPまで(MP~PP2)のサブテクストやテーマをすくい上げて、ピンチする」です。

ストーリーを脱線させないための中継点という感じは、プロットをビート化する段階では、とても扱いやすく「有効」に感じます。

ちょうど、上記に引用した次のページ(p.214)「EXERCISE」に書かれている利用法です。

ただし「サブテクストをすくい上げて」という部分が「ピンチ」のポイントで、この扱いがデリケートに感じます。

サブテクストをすくい上げずに「ピンチ」が「プロットポイント」のように機能してしまった場合、観客にアクトを分ける印象を与えそうです。

あえて「アクトを分ける場合」は「バトル」の3つの意義の記事でも触れた、ミックスプロットやマルチプロットにするヒントになりそうですが、意図せずアクトが分かれた印象を与えてしまった場合、アクト2の「旅」「非日常」の印象を弱めて、物語がこぢんまりしてしまうデメリットも感じます。

うまく「サブテクストをすくい上げる」ことに成功した「ピンチ」は、シド・フィールドが言う「アクションを進展させ、ストーリーをしっかり挟んで結びつけ、脱線させないように前進させるポイント」として機能すると思いますが、この「サブテクストをすくい上げる」というセンスが扱いがデリケートすぎて「初心者向けのビートではないな」という印象です。

それが、初心者の分析では「サブ」だけで「ピンチ」は使わなくて良いという理由です。

創作においては使いやすいと思うので「サブテクストをすくい上げて」という部分を、分かる人がサポートしながら使っていくのは、初心者にも有効だと思います。

次に、「バトル」の一種として「ピンチ」として機能しているものを「B1(P)」として捉えることについて。

分析会で「ピンチ」についてご指摘して下さった方が「PP1」「ピンチ1」「MP」をシーンとシーンと繋ぐポールのように喩えてらっしゃいました。

こんなイメージだと思います。

これに対して、僕は「チェーン(シーン)は弛まずに、ピンと貼っているべきだ」と話しました。チェーンは僕の中での「キャラクターアーク」のイメージに重なりますが、「キャラクターアーク」は「ミッドポイント」に向けては、真っ直ぐ、強く上がっていく方が(あるいは落ちていく)、勢いがあると思ったからです。とくに「PP1~MP」は演出的にも勢いが重要な部分です。

僕にとっては、このピンと張ったチェーンは、ビートでいえば「バトル」の積み重ねです。

シド・フィールドのいうストーリーが「脱線しないように前進していくべき」というのは全く同感ですが、そのために中継点の「ピンチ」を設けるというより、「すべてのシーンが脱線してはいけない」と思います(これはロバート・マッキーの考えに近いと思います)。

とはいえ、ジェットコースターのように真っ直ぐに上っていくものもあれば、ロープウェーのように弛みながらも上っていくものもあるかもしれないと考え直しました。

僕の中では、これまで通り「バトル」として分析していきますが、その中で「大きく中継点」として作用しているシークエンスがあれば、それをピンチとして「B1(P)」とか「B2(P)」といった表記で分析していこうと考えています。

「ピンチ」を分析することで、ストーリーのテンポを見分けるポイントになるかもしれないという期待があります。

またサブテクストをすくい上げずに、変化の中継点として機能している「ピンチ」があるのではないかという予感もあります。

初心者には「サブテクストをすくい上げる」ことは難しいということを書きましたが、これは映像化されている作品でも、すくい上げきれていないことがあるのではないかと感じるのです。

「ピンチ」がシド・フィールドのいう「ピンチ」として機能していない場合、たとえば「プロットポイント」のように機能していたら、アクトが進んでいくような印象を与えるのではないか?

ロバート・マッキーの言うように4幕でも5幕でも、アクトを増やす捉え方をするのであれば、ともかく、三幕構成として、アクトを増やすのは複雑になるというデメリットがあります。

マッキー流は、すべてのシーン、シークエンスを三幕構成のように捉えていくもので、基本の「主人公の変化」や「旅のイメージ」がわかる人には複雑ではありませんし、どんな物語にも応用できる利点がありますが、分析に圧倒的な手間がかかるのと(ハリウッド大作のように一本に何百億も予算があるような脚本では、そこまでやる価値もあるでしょうが)、勉強用の分析や、チームで一般的なエンタメストーリーを作っていくような動きの中では、汎用性が低くて扱いづらいという印象があります。

ちなみに、サブプロットの数を増やすか、マルチプロット(群像劇)として捉えるようにすれば、複雑なストーリーでも、三幕の応用でも処理ができます(もちろん「ヴォルテクス」も)。

話がややそれましたが、ともかく、アクトを分けるような構成を意図的にしているものや、意図せず分かれてしまっているときの印象を考察するのに、中継点としての「ピンチ」を拾って分析してみるのは、面白いのではないかと考えています。

「MP~PP2」においては、ブレイク・スナイダーが「ディフィート」と呼んでいるものと重なるのではないかと思ったりもしています。

いずれにせよ、現時点では作業仮説なので、今後、実際に分析を重ねていくうちに、効果的な機能や定義が固まってくると思います。

あまり、効果がないと感じた場合は、「ピンチ」はビートとして使わなくなっていくと思います。

緋片イルカ 2022.10.31

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