※漢字の答えは広告の下にあります。小説内にお題の漢字が出てくるので、よかったら推測しながらお読み下さい。
元旦は、俺にとって一年で一番気が重い日だ。青山にある本家に親族が一堂に会するからだ。
下衆山家の人間にとって新年の挨拶を欠かすことは許されない。
会社の大宴会でもやるような八十畳の大広間でコの字型に並ぶ。席の順番が決まっていて、九人兄弟の八番目である俺の家族はほとんど部屋の隅。目の前の料理が並べられていくが、もちろん家長の許可なく手はつけられない。
準備がおわり静まりかえったところで、ようやく親父が現れて、上座に据えられた分厚い座布団に座る。
おふくろの酌で、盃をかかげる、無言の乾杯。
それから一人ずつ親父の前に言って挨拶をしてお年玉をもらう。子供の頃から親父の顔が見られるのはこの時だけだった。
「あけましておめでとうございます」
「ゲス雄か。最近はどうだ?」
少し窶れた気がするが、九十三歳とは思えぬほど矍鑠として威厳がある。
「元気にやっております」
「そうか」
おふくろが厚みのある封筒を盆に載せて近づける。封筒の中身は百万円札の束である。年に関係なく一人百万円。むかしから変わらない。
「ん」
親父がぞんざいに掴んで俺に差しだす。俺は両手でうけとり礼を言って下がる。それだけである。それだけなのにどっと疲弊する。
挨拶が済んで親父が立ちあがると、全員が立ちあがり頭を下げて見送る。
鬼が去ると宴会が始まる。
緊張が解けたせいもあってか酒の回りも早い。
俺は手洗いに行こうと立ちあがると、足がふらついた。
「大丈夫ですか? 一緒に行きましょう」
支える妻を払って、俺は廊下へ出た。
襖を開けると庭からの冷たい空気が火照った体を冷やす。
「ゲス雄さんっ」
女の冷たい手が首元に触れた。振り返ると奈津子だった。一つ上の兄の嫁である。年は妻と変わらない。
「ああ、気持ちいい」
「じゃあ、これは?」
奈津子は和服の襟元から手を滑り込ませて、胸を指先で撫でた。くすぐったくて声がでた。
「かわいい、声」
「おいっ」
と、奈津子を見ると胸元が開いている。
「ねえ、どこか開いてる部屋しらない?」
上目遣いに俺を見る。
やれやれ、またか……。
「毎年恒例でしょ? 楽しみにしてたんだから。去年のところでいい?」
奈津子は俺の手をとって歩き始めた。
襟がまくれて覗いたうなじが、艶やかに俺を誘っていた。
今日の漢字:「窶れる」(やつれる)
やつれるは、ただ痩せるのではなく心労や病気で痩せた様子をいいます。
(緋片イルカ2019/1/2)