※漢字の答えは広告の下にあります。小説内にお題の漢字が出てくるので、よかったら推測しながらお読み下さい。
従順な女は好きだ。
男を立てることを知っている女と話していると、お世辞とわかっていても偉くなった気がする。気分がよくなっていつもより多く払ってしまう。
きまぐれな女も嫌いじゃない。
とつぜん冷たいことを言い放ったかと思えば、次の瞬間には甘えてくるようなギャップに振り回されているとわかっていても、喜びを感じてしまう。魚愛(鱫)のようにほどよく熟れていると尚いじらしい。こういう女もまた囲ってしまいたくなるのだ。
聡美は言うまでもなく従順な女だ。庶務課の女で、俺と違って抜けにくい仕事もあるだろうに、呼び出せば必ずやってくる。
「下衆山部長と逢う方が時給にして割がいいんです」
仕事をキチンとこなすように、キチンと俺に会いに来る。
温和しそうな顔をして平気で母を入院させたり、弟を交通事故に遭わせたりする。もちろん抜け出すための口実であるが、そんな子どもじみた嘘が通じてしまうのは、部署では、さして必要とされていないからなのかもしれないと思っていた。
鰻が食いたくなって聡美を誘うと、
「食べたいのですが、この仕事だけ片づけてからでないと抜けづらいので、すみません。13:15には行けると思います」
部署で必要とされていないのではなく、むしろ仕事を完璧にこなしているから嘘だとしても受け入れてもらえているのかもしれない。
俺は、かのやの特上で腹を満たしてから裏路地にある公園で聡美を待っていた。滑り台とベンチ、水飲み場があるだけの小さな公園。こういった申し訳程度に造られた公園が東京には、なぜだかよくある。子どもも遊びに来ないが、情事の待ち合わせ場所にするにはちょうどよい。
時計は13時を10分過ぎていた。
にう。
ベンチに座っていると三毛猫が尻尾を立てて近づいてきた。
俺の足元までやってくるとぴたっと止まって、にうと鳴いた。
手の平を差しだすと、猫は鼻を近付けて匂いを嗅ぎはじめた。蒲焼きの匂いが染みついていたのかもしれない。
「悪いがお前にくれてやるものはないんだ」
そう言ってからミントのタブレットがポケットに入っていることを思い出した。手の平に三粒ほど振り出してから猫の前の出した。
猫は一度、嗅いでから頭をふって避けた。嫌いらしい。
俺は自分でミントを食べて、
「いいか、デートの前は口臭に気をつけないといかんぞ? とくにタバコを吸うならなおさらだ。そういえば、お前らは歯も磨かないだろ」
にう。
猫は飛び跳ねてベンチに登ると、俺の横で丸くなった。撫でるとされるがままになった。和毛が心地良い。
「おい、猫。なんだか眠くなってくるな。なあ?」
甘ったるい声で答える。
秋晴れの暖かい日だった。やわらかな陽射しが俺と猫を照らしている。時計を見たら待ちあわせの時間を過ぎていた。
「聡美のやつ、遅いな。すっぽかされたかな。今日はもうお前と寝ることにするか?」
猫はむくっと立つとベンチを下りた。
「おい、俺じゃ嫌なのか?」
フラれたらしい。
猫の歩いた先には聡美が立っていた。
「お、おう。来てたのか」
「はい、5分前から」
「5分前からだと?」
「猫ちゃんと話してる部長のこと、見てました」
「な、なんだと」
「だって、かわいいかったんだもん」
敬語を使わずに話す聡美は初めてだった。ドキッとした自分に驚いた。
照れ隠しするように咳払いをして、
「はやく行くぞ」
と急き立ててると、
「あ、気悪くしました? すみません」
聡美はまた従順な犬のように追いかけてきた。
今日の漢字:「和毛」(にこげ)
柔らかい毛、うぶ毛のこと。わもうではありません。なんとなく和牛にも見えます。
(緋片イルカ2018/11/12)