※漢字の答えは広告の下にあります。小説内にお題の漢字が出てくるので、よかったら推測しながらお読み下さい。
「まさか、こんな日まで開けてるとはね」
俺は行きつけのバー「KANJI」にやってきた。大晦日である。
「こんな日に店開けてて儲かるの?」
「ははは、うちは端(はな)から儲かってませんよ。年末の雰囲気が苦手っていう方ってけっこう多いんですよ。そういう方のため開けてます」
「俺のことか?」
「下衆山さんも苦手なんですか?」
マスターは口元だけ笑顔をつくり、キープしてあるジャックダニエルをグラスに注いで、音をたてずに置いた。俺は小皿の扁桃をつまんで、
「娘に紅白を見ようといわれてるんだよ。TWICEのファンなんだ」
「韓国のグループでしたっけ?」
「日本人と越南……じゃなかった、台湾の子もいるらしい」
「そうですか。年をとると音楽の流行にはついていけなくなりますね」
「まったく」
奥の化粧室から女が出てきた。
「ああ、下衆山さん」
30代なかばの幼さとけばけばしさを合わせた女。椎名である。下の名前は知らない。この辺りのOLらしい。この店で何度か会ったことがある。プライベートにはお互い踏み込まないが、その分、なかなか他人に言えないことも話してしまう昵懇な仲だ。
「その子はゲスちゃんとセックスする気なんてなかったわよ」
大学生の女とイルミネーションを見に行って振られた話をすると、椎名は笑った。
「ほんとに父親だと思ってたのよ。もちろんお金がもらえるっていうのはあったと思うけど。小さい頃に亡くしたんでしょ? おとうさん」
「ああ、小学生の頃だと言ってた」
「海とか水族館に憧れるっていうのも、愛が不足している証拠」
「精神科医気取りか。だけど、彼女、俺としてみたかった気がするって、そう言ったんだぞ」
「本当にしたいなら女からだって誘うわよ」
「それは彼女はまだ大学生だから……」
「でも援交でやりまくってたんでしょ?」
「うう……」
俺はグラスを飲み干してマスターに渡した。
「ゲスちゃんってトラウマでもあんの?」
「ああ?」
「何で奥さんも子供もいて、女遊びに執着するの? 矍鑠にも程があるでしょ」
「べつに執着はしていない」
「じゃあ、病気ね」
「ふん。お前はどうなんだ。毎週、とっかえひっかえ男と寝てるんだろ?」
「私はセックス依存症。否定しない」
マスターは会話の間隙を縫って、
「椎名さん。そろそろお時間ですよ」
「ほんとだ。ありがと、マスター」
自分を棚に上げるつもりはないが、さすがに呆れた。
「こんな日まで男とヤルのか?」
「今年の筆納め。108人目の男なのよ? ヤルしかないでしょ」
と、ハンドバッグを持って立ちあがった。
「またね。良いお年を」
椎名が出て行った後、マスターは静かに二杯目を置いてくれた。
俺は唇の先をウイスキーで濡らしたが飲むのをやめた。
「俺も今日は帰ることにするよ」
「まだ、紅白には間に合いますね」
マスターが微笑んだ。
今日の漢字:「矍鑠」(かくしゃく)
年老いても丈夫なさま。光武帝(=倭国に金印をくれた人)が、馬援という62歳で戦陣に立とうとした老人を「矍鑠なじいさんだな~」と評したことから(『後漢書』)。「矍」は素早いこと、「鑠」は輝いていることをいうそうです。
(緋片イルカ2018/12/31)