※漢字の答えは広告の下にあります。小説内にお題の漢字が出てくるので、よかったら推測しながらお読み下さい。
「そのおばさんがね、みんなの財布から猫糞してるっぽいの」
靖子は話すことが好きなのかもしれない。行為が終わるとすぐに、お喋りを始めた。
俺は肘を枕にして、裸のまま熱心に話す靖子を見つめていた。二人の息子を育てた乳房が、靖子が熱を込めるたびに小さく揺れた。
「一万円とか大きい金額だとすぐに気づくでしょ? だから数人から千円札ずつ盗んでるみたいなの。じぶんの財布に千円札が何枚入っているかってけっこう分からないもんでしょ」
夫は大企業の子会社の子会社に勤めるサラリーマンで、家計の足しにとスーパーで働いている。そのパート先の更衣室で盗難事件が起きているという話だった。
「どうも、その人が休憩の時間にやってるらしいのよ。それでね、その人と同じシフトの人みんなで申し合わせて、千円札を入れないでおいたの」
女子更衣室では防犯カメラをつけるわけにもいかないだろう。
「でもロッカーに鍵はついてないのか?」
ふと浮かんだ疑問を口にした。
「店長からはつけるようには言われてたけど、みんな適当だったの。南京錠とかを、じぶんで買ってきてつけなさいっていうの。面倒くさかったし、まさか一緒に働いてる同僚が盗むとは思わないでしょ。日本人って」
容疑者の女は外国人らしい。
「まあ、それっきり盗難事件はなくなったんだけど」
「待った。おわりか?」
「うん。そうだけど」
「結局、その女が犯人だったのか?」
「そんなの、わかんないわよ。テレビドラマじゃあるまいし」
靖子は起き上がった。
「もう一回するか?」
「うんん、今日は満足した」
隠そうともせずシャワールームへ向かった。
そうか、聞いてほしかったのだろう。家族に話しても、夫はテレビ、息子達はスマホに夢中でろくすっぽ返事すらしてくれないと言っていた。
彼女が満足したなら、それでいい。
今日の漢字:「猫糞」(ねこばば)
ババは漢字の通りです。猫がババを後足で隠す様から、悪事を隠すことなどをいいます。おもにお金を盗むことに使います。一説には、猫好きの婆が借金を返さなかったところから「猫婆」からきたとも言われるそうです。
(緋片イルカ2019/1/10)