○住宅街(夜)
SE 走る声と足音
オレは今、走っている。
全力ダッシュだ。
駅に向かっている。
サークルの先輩の家で呑んでいて……
いや、呑まされていて、終電ぎりぎりになってしまったのだ。
なんとしても帰らなくてはならない。
明日はレポートの提出期限だが、まだ一枚も書けていない。1秒でも遅れると、けして受け取らないことで有名な教授で、おまけに必修科目だから落としたら留年しかねない。
留年!?……ありえない!
そんなことになったら、毎月、少ない収入から仕送りしてくれる両親に合わせる顔がない。なんとしても家に帰って、徹夜で仕上げなくては!
終電の時間まで、あと3分!
SE 走る声と足音
○駅の入口(夜)
駅が見えてきた。よしっ、間に合うぞ!
オレは走りながらICカードを取りだした。
SE 自動改札が閉まる音
しまった! カード残高が足りない!
こんなときにかぎって……オレは自動販売機でチャージをしながら、己の不運を嘆いた。
ダメダメな人生だ……東京に出れば、新しい世界がひらけると思ってた。新しい出会いがあって、やりたいことも見つかって、希望に満ちた毎日を過ごせるものだと期待していた。
でも、奇跡なんて起こらない。
オレに運がないのは、たぶん……オレ自身のせいだ。自業自得だ。
レポートだって前から手をつけてればよかったし、先輩の呑み会だって断ればよかった。ICカードだって、無くなったときに、ちゃんとチャージしておけばよかった。それだけのことなんだ。
奇跡なんてない。
誰かに奇跡が起きているように見えるときは、勝手に羨んでいるだけだ。誰かが幸運で手に入れたようにみえることも、ほんとうはその人が陰で一生懸命に努力をした結果として手にいれているんだ。それを、オレみたいな努力をしない人間が羨ましがってるだけなんだ。
SE 改札を抜ける音
走ったせいかアルコールが回ってフラフラする。
なんだか、もう、どうでもよくなっちまった……
電車が到着するアナウンスが聞こえた。あと1分。
○駅の階段(夜)
オレはゆっくりと駅のホームへの階段を上っていった。
まだ、電車は来ていないのだろうか……到着していれば下りてくる人がいるはずだ。
○駅のホーム(夜)
ホームには電車が止まっていた。
車輌のドアは閉まっている。これから出発するところか……と思ったが、様子が変だ。何かが起きたらしい。
駅員がオレの横を通り抜けて、運転手の方へ走っていく。
「飛び下りるところ、見ちゃった……」
「ありゃ、即死だな……」
ホームにいたカップルが話している。
オレはカップルの視線を追ってしまった。
線路には若い女性の……無残な体が横たわっていた。赤いスカートにべったりと血がついて、手足は……言葉に表現しがたいほどに曲がっていた。
おええっ……オレは吐き気を催して、口を手で塞いだ。
「タスケテ……」
その時、女の声がした。
オレは、周りを見まわしたが、ホームにはカップルの他にサラリーマンが一人いるだけだった。カップルの女の声ではなかった。それに、声のした方は……
「タスケテ……」
やっぱり……線路に横たわる女の方からだった。その声は、耳に聞こえるというより、頭に響くように聞こえた。
「助けるって……どうやって?」
SE 頭痛の音
うぐぐぐぐ……頭が痛い。鉄の輪で締めつけられるような痛みで、立っていられなかった。
SE 頭痛の音
暗転
ううう……
○駅の入口(夜)
SE 自動改札が閉まる音
気が付くと、オレは自動改札に挟まれていた。
あれ? 夢でも見ていたか?
そのとき、電車が到着するアナウンスが聞こえた。
オレは1分だけタイムスリップしたんだ!
急げば、あの子を助けられるかもしれない!
オレはICカードをチャージして、改札を抜けた。
SE 改札を抜ける音
○駅の階段(夜)
SE 走る声と足音
どうしてタイムスリップしたかは分からないが、あの子が飛び下りるのを止めることができれば、それは奇跡かもしれない!
○駅のホーム(夜)
ホームの端を見ると、赤いスカートの女の子が立っている。線路をぼうっと見つめている。
止めなきゃ!
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