映画『涙するまで、生きる』

涙するまで、生きる(字幕版)

1954年フランスからの独立運動が高まるアルジェリア。元軍人の教師・ダリュのもとに、殺人の容疑をかけられたアラブ人のモハメドが連行されてくる。 裁判にかけるため、山を越えた町にモハメドを送り届けるよう憲兵に命じられ、ダリュはやむを得ずモハメドを連れて町へ向かう。 復讐のためモハメドの命を狙う者たちの襲撃、反乱軍の争いに巻き込まれ、共に危険を乗り越える内に、二人の間には友情が芽生え始めるが……。(Amazon作品説明より)

「何だかな~」な邦題です。ヒューマンドラマを装っていますが、もっとシリアスな作品です。

原題は『Loin des hommes』、英語タイトルが『FAR FROM MEN』。直訳すれば「男性から遠く離れて」でしょうか。

原作はアルベール・カミュの『客』という短編小説です(『転落・追放と王国』収録))。

映画版では、上のあらすじにあるとおり、教師ダリュと、アラブ人のモハメドという二人組のロードムービーの構成をしていてます。似ている映画でいえば『ミッドナイト・ラン』ですが、戦時中の重苦しさがあります。

アルジェリアではフランスからの独立運動が高まり、内戦状態。

人手不足のため、教師ダリュは面倒な役目を押しつけられます。

それは、殺人の罪で、裁判にかけられるアラブ人のモハメドを街へ連れていくというものでした。

モハメドは裁判になれば、死刑になるのは明らか。

教師ダリュは、逃げたことにしてやるから、好きなところへ行けというが、モハメドは逃げません。

モハメドの村では「復讐の掟」があり、彼が殺されると、こんどは、彼の弟が、相手を殺しにいくことになる。弟にそんな役目を負わせたくない。フランス人に死刑にされれば、復讐の掟は終わる。だから、街へ行きたいのだという。

トラブルつづきの道中の果て、街のそばまで着いたとき、教師ダリュは二つの道を示します。

二又の道の、左の道へ行けば、街に着いて、希望通り死刑になれる。

右の道へ行けば、遊牧民がいて、受け入れてくれるだろう(つまり生きられる)。

彼は、どちらの道を進むのが正しいのでしょう?

「家族のために死ぬべきだ」

「何があっても生きるべきだ」

と、主観的に言うのは簡単です。

けれど、正しい答えなどありません。物語はモハメドという、ひとりの人間の決断を描くのみです。

考えるのは読者です。

このモハメドの設定は原作にありません。

原作の小説は、書籍で25頁ほどの短編で、トラブルつづきの道中はなく、すぐに二又の道へ着きます。

教師ダリュはモハメドの事情は知らないまま、二つの道を示します。

ネタバレになりますが、映画版と、原作では結論が真逆です。

そして、どちらも、すばらしい作品だと思いました。

緋片イルカ 2021/04/20

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