映画『残穢【ざんえ】―住んではいけない部屋―』(視聴メモ)

残穢【ざんえ】―住んではいけない部屋―

一個人の感想:
「面白い」と言われて見たが、やっぱり日本のホラー映画という印象。和風テイストというプラスの意味ではない。もともと期待してなかったし、息抜きで見たので不満はないが、ホラー映画についてリモート分析会で説明したのもあるので、かるく解説しておこうと思った。(以下、ネタバレ含みます。)。題材として「怪奇現象」を扱っているが、構成は「モンスターインザハウス」ではなく「探偵プロット」。「私」こと竹内結子さんと「久保さん」こと橋本愛が出会って本格的に調査を開始するところがPP1となる。以降、聞き込み調査をつづけていくが、一般市民がセリフで説明して、それに関する回想やイメージを映像で見せるという単調なシーンの繰り返し。市民たちは言い淀んだり隠すでもなく、ベラベラと説明してくれるので、主人公たちが謎を解いていくカタルシスもない。ただ説明を受けているかんじ。いっそ、ドキュメンタリータッチの演出にでもすればよかったと思う。役者の演技っぽさ、「セリフ」っぽさが目立ちすぎて、リアリティより作りもの感がでてしまっている。苦し紛れのように佐々木蔵之介さんや坂口健太郎さんといった見るに耐えられる役者が登場してくるが、「情報提供している」だけで、ストーリー上の役割として市民たちとあまり変わらない。「過去を探ると次々と事件が出てくる」というのは、繋がりに面白さを感じるものの「実は……実は……」の繰り返しなので、だんだんと飽きてくる。「炭坑での火事」まで遡りつき、冒頭の「河童の話」とつながり、すべてが繋がったように展開している(いちおうPP2)が、その炭坑の火事だって、もっと過去もあるのではないか?という疑問がよぎる。「いっそ縄文時代とかから呪いがあったら?」などと浮かんで笑ってしまった。アクト3では、今も残っているという「炭坑の家」に乗り込むところだが、そこでは何も起こらず、ただ「家主が悪趣味なコレクターではなくて悪魔にも縋っていたのだ」という「私」による直感的推理(※フリがあって情報がつながったような意外なオチではない)を披露して、解決したかのように調査は終わる(中学生の肝試しか!)。竹内結子さんの演技が『ストロベリーナイト』の主人公っぽくて、この辺りを狙った配役なのだろうか。エピローグでは、とってつけたようなホラーシーンが入るが、襲われるのが脇役ばかりだし、ここまで引っ張った割には映像的にも御粗末。これは予算の問題ではなく、演出上の御粗末さ。低予算でも怖く見せることは可能。エンドロールで原作が小野不由美『残穢』と知ったが、最後のホラー演出は、おそらく小説にはないシーンだろうと思った。ミステリーの構成でここまで進めてきたのであれば、いっそホラーシーンはない方がいさぎよかった。あるいは、ホラー映画として演出したいのであれば、アクト2からきちんと演出しておくのは、映画の基本中の基本すら押さえられていない。アクト2に入ったあたりで、主人公である「私」か「久保さん」あたりに怪奇現象にあわせるべきだった。ホラー作家である「私」はともかく、「久保さん」は引っ越してからも捜査に参加する動機が好奇心だけになっているが、怪奇現象にあっていて謎を解かなくては自分の命も危ないという動機があれば、ストーリーに緊張感も生まれる。アクト3に入って、フリもなく、唐突に「私」首が痛くなっていたが遅すぎる。しかも関係なかったというオチまでついている。故人の竹内結子さんを見るのは忍びない気もする。演技も悪くないのでもったいないなあ、と。橋本愛はデビュー当時から、顔立ちはとてもキレイだけど演技力が極端にないと思っていたが、久しぶりに見てもあまり変わっていないと思った。ただ、『呪怨』の奥菜恵と一緒で、こういうテイストのチープさには合っている(こんだけ書くとディスってるみたいだが、率直に思ったことなどを並べただけなんだよな。好き嫌いでいえば、好きでも嫌いでもない作品)。

緋片イルカ 2021/09/18

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