クリスマスまであと4日。
それは消費期限のように私を急かし、過ぎたらもう二度とこの恋は叶わないとさえ思ってしまう。
クリスマスは恋人がいる人達にとっては、むしろそれほど重要なものではない。テレビや雑誌が騒ぎ立てても「私達は普通でいいよね」という余裕があって、マナミは「クリスマスなんて関係ないよ」なんて言ってくれる。
私が気にしているだけなのだ。それはわかっている。
わかっているのだ。
「じゃあ、今年は一緒にイルミネーションを見に行こうよ?」
夏の終わりに聞いた彼の一言に縛られているだけだと、わかっているのだ。
彼はもう忘れてるかもしれない。
その言葉も、その気持ちも。
けれど、もしも、彼が覚えていてくれるなら…
私はあの優しかった頃の彼が本当の彼で、
今の彼の態度には何か理由があるに違いない、
と思っている。
私は二学期になって、合唱部に入った。急に学校に来なくなって子がいて、穴が空いたらしくて、私は合唱なんてやったことがなかったが「カラオケみたいに歌うだけだよ」というレイコにのせられて入ってしまった。
「まっ、いいか。」
卒業まで恋人は作らないと誓い合ったマナミに彼氏ができた一週間後のことだった。
練習は毎日あった。
レイコは来たい時だけでいいと言っていたけど、
みんな休まず出ているので、休みずらかった。
その理由がわかった。
クリスマスに市民ホールでコンサートがあって、それに出場することになっていたのだ。
「私も?」
「もちろん。」
レイコは言った。ダマされた!
「聞いてないよ?」
「今、言ったじゃん。」
「無理だよ?」
「大丈夫だよ、練習すれば。サキはもともと歌うまいから。3ヶ月もあるし。1年生も出るんだよ?」
「そんな~」
私はそれから真面目に練習をするようになったが、1年生にも及ばなかった。1年生といったって中学3年間歌ってきた子ばかりなのだ。カラオケでYukiやaikoをキーを上げて、歌ってるのとは私とは訳が違うのだ。
「私、辞めようかな…?」
「サキ、そんなこと言わないで~?」
私は本気でレイコをコロそうかと思った。
私は部活の練習の後も、一人音楽室に残って自主練した。
そんなことが続けられたのは…レイコのおかげだ。
私はこの無音の音楽室が好きだった。私の立てる音の他には、何一つ響かない。私と部屋が一致したような錯覚を覚え、私は自分の存在を確認する。
遠くで、かすかに声がする、気がする。
「サキ?」
レイコだった。
「サキ、帰らないの?」
「うん。ちょっと練習してく。」
「そう。あたし、バイトだから帰るね?」
「うん。じゃあね。」
『誰かいるの?』
レイコは廊下からの声に答えた。
『うん、サキ。自主練してくんだって。』
「サキって、誰?」
声の主が姿を現した。サキの顔を見て、ああアノ子か、という顔をした。
レイコは手首を返して腕時計を見ると、
「ごめん、私行くね、クルス君、レイコお願いね。」
そう言って、帰っていった。
「お願いって言われても…ねえ?」
クルス君は私を見て笑った。
それからクルス君は毎日、私の自主練に付き合ってくれた。歌のことも教えてくれたし、クルス君自身のことはもっとたくさん教えてくれた。
「サキちゃんのことを教えてよ?」
練習を終えた帰り道、クルス君が言った。
「私のこと? 特にないよ…。」
「何でもいいよ。」
「何でも…。私の親さ、クリスマスって嫌いでさ。ケーキとかプレゼントとかもらったこと一回もないんだ。」
「ほんと?」
「そう。だから、今年のクリスマスはちょっと楽しみなんだよね。」
「そうなんだ。イルミネーションは?」
「テレビだけだな~。」
「じゃあ、今年は一緒にイルミネーションを見に行こうよ?」
「うん。」
この時、私は青や黄色の光の中をこの人と歩く夢を見た。
クルス君はそれきり、私の自主練には来なくなり、バイトを辞めたレイコが代わりに付き合ってくれた。
原因は…全くわからない。
聞いてしまいたい気持ちを、聞いて失う怖さに押えつけられたまま、私は4日後コンサートを迎える。
(「夢色の約束」おわり)