やなせたかし生誕100周年の記念復刊!
『十二の真珠』『だれも知らないアンパンマン』に続く“幻のアンパンマン”作品「飛べ!アンパンマン」を収録!!やなせたかし生誕100周年にあたる2019年2月に、やなせの初期名作である『アリスのさくらんぼ』の復刊が、ついに決定!!
本書は、やなせの短編童話集で、1973年に刊行されたもの。
動物と人間の関係を通して「命」について問う名作であり、アニメ化もされている表題作「アリスのさくらんぼ」をはじめとする7つの短編童話集。
そして本書には、売れない漫画家ヤルセとアンパンマンの初めての出会いが描かれている、幻の作品「飛べ!アンパンマン」が収録されているのだ。
漫画家ヤルセナカスが、アンパンマンと出会い、貧困に苦しむ人に自分の顔を与え続ける彼の生きざまにふれ、アンパンマンのことを描きつづけるという決意を著した、やなせ作品の中でも最重要作品と言われるものだ。
『十二の真珠』『だれも知らないアンパンマン』に続き、また誰もが知らないアンパンマンの物語が、ひとつ復刊される。―たとえ誰もよろこばなくても、編集者は反対しても、ぼくは君の物語をかきつづけるよ―
<内容>
・アリスのさくらんぼ
・杉の木と野菊
・サビ氏の流星砲
・タコラのピアノ
・飛べ!アンパンマン
・Mr.USUPPERAIの最期
・はだかのワニ※本書は、1973年サンリオ刊『アリスのさくらんぼ』を底本に再編集して新装復刊するものです。(Amazon内容紹介より)
【大人向けのアンパンマン】
ぼくがアンパンマンにはじめてあったのは、もうずーっと昔、子供の頃だったなあ。野原でかくれんぼしていたぼくはあっというまに足をすべらせて古井戸の中へおちたのだ。(中略)さいわい井戸は水がなくなってたからよかったが、もし水があったら、ぼくは死んでいたろうね。このお話もできなかったわけだ。
こんな一文から物語は始まります。
主人公は売れないマンガ家のヤルセ。ジャムおじさんのパン工場がある世界ではなく現実社会です。
とにかく身体じゅういたくてね。泣いてるうちにまたねむったらしい。眼がさめると朝だった。夏だったから寒くはなかったが、おなかがすいて死にそうなんだ。「おーい、たすけてくれえー」
子どものピンチに現れるのがヒーローです。
こげ茶色のマントをきたまんまるい顔の男がいつのまにかぼくのそばにたっている。
「ヤルセ君、どうした。元気がないね。おなかがすいているんだな。」
「あ、あなたはだれですか」
「おれかい、おれはアンパンマンさ」
「え! アンパンマン!」
そういえばこのへんな男の顔はアンパンにそっくりで、身体からはなんともいえない、やきたてのアンパンのいいにおいがしているんだなあ。
とつぜん現れた「へんな男」。現実では、こんな風に思うのが自然かもしれません。
「さあ、おれのほっぺたをすこしかじれよ」
アンパンマンはそういってそのおいしそうな顔をぼくのほうへよせてきた。
「わるいなあ、じゃあほんのちょっとだけ」
「えんりょするな、がぶりといけ」
ぼくはアンパンマンの顔にかじりついた。そりゃあ、おいしかったさ。生れてから今まで、あんなおいしいアンパンは喰べたことがない。でもね、なんだかぼくは人喰い人種になったような気がした。アンパンマンの顔はぼくにかじられてかけてしまった。アンパンマンはちっともいたそうではなくうれしそうに笑っていたけれど、ぼくはあんまりいい気持ちはしなかった。
じぶんの幸福のかげには、だれかの不幸があるのかもしれない。そんなことを考えさせられます。
自ら人のために自分を捧げられる者こそヒーローなのです。
アンパンマンはぼくをかかえると古井戸の底からよろよろととびあがった。やっと地上へでると、ぼくを草の上へおろしてくるしそうに肩でいきをしている。
「だいじょうぶかいアンパンマン」
「だいじょうぶさ、きみこそいいのか」
「うん、ぼくはさっきあなたの顔をかじらせてもらってから、すっかり元気になった、ありがとう」
「じゃ、ここからはひとりで家へかえれるね」
「かえれる。でも、アンパンマン、ぼくのうちへきてください。あなたにお礼をしなくては、それに、ぼくの母にもあってほしいし」
「お礼なんていいさ。恥かしいよ。あんまりひとにあうのは好きじゃない」
そのとき、アンパンマンのみせた恥ずかしそうな表情をぼくは一生忘れることはできない。
ここでアンパンマンは特別な能力は使っていません。
じぶんは空腹を我慢して食べ物をくれて、井戸から引っ張り上げてくれ、たまたま通りかかったどこかのオジサンでもストーリーは成立します。
ヒーローに必要なのは能力ではなく行動なのです。
「おなかがすいて死にそうなときはいつでもおれの名前をよんでくれ。かならずたすけにくるよ。さよなら」
アンパンマンはその言葉をのこして、もう暮れそうになってきていた鉄錆色の空へマントをひろげてパッととびあがった。
でも、ちっとも恰好よくなかった。雑木林の梢にひっかかったり、お風呂屋の煙突に衝突したりしながら、よたよたと飛んでいった。なんかひたむきに思いつめた鳥のように、必死になって飛んでいた。
「アンパンマン!」
ぼくはおもいきりさけんだ。ぼくの眼は涙だらけになって、なにもかもぼやけてすっかりみえなくなったんだ。
大人になったヤルセはアンパンマンを主人公にしたマンガを描きつづけます。
しかし編集者はくびをふって言う。
「ヤルセさん、こりゃあ、ダメですよ。こんなみっともない主人公で、しかも古風ではうけませんよ。今はもっと冷酷非情でなくてはね、それにエロもほしいし、怪獣もでないんじゃね」
こんどは、子供たちに読ませてみます。
子供たちはみんな大アクビして
「全然、面白くないや、それにテレビででないマンガなんて、三流だろ」
それでもヤルセは描くことをやめません。
どこかで誰かを助けているだろうアンパンマンに向かって語りかけます。
世界中でたったひとりだけは熱烈な君のファンだよ。たとえ誰もよろこばなくても、編集者は反対しても、ぼくは君の物語をかきつづけるよ。
大人にこそ響くメッセージだと思います。
●書籍紹介
アリスのさくらんぼ ―やなせメルヘン
緋片イルカ 2019/10/12
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