「アンパンマン」(キャラクター分析#1)

日本人でアンパンマンを知らない人はいないのではないかと思います。
アンパンマンを一言でいえば「正義のヒーロー」。
ではヒーローとは何なのでしょうか?

【子供向けのヒーロー】
一般的なヒーローの条件は「困ってる人を助けること」と「悪を倒すこと」です。
アンパンマンはお腹を空かせた子に、頭をちぎって渡します。
また悪事を働くバイキンマンをパンチで吹き飛ばします。
ヒーローの条件を満たしています。

アメコミのキャラクターをかっこいいと思う人でも、アンパンマンをかっこいいという大人はなかなかいません。
ビジュアルな問題はともかく、それはアンパンマンが子供向けに描かれているからです。

「子供向け」とは、世界観が幼稚であることです。安全であるとか、リアリティがない、価値観が一義的とも言えます。
たとえば、アンパンマンにこんな回があったとします(アンパンマンをチェックしてる訳ではないのでこんな回があるか不明です)。

ドキンちゃんが可愛がっているチューリップが枯れてしまい、しょんぼりします。
それを見たバイキンマンは、彼女のためにチューリップを探しにいきます。
チューリップ畑を見つけたバイキンマンは、根こそぎもっていってしまいます。
その畑は、子供達が一生懸命に育てたチューリップでした。悲しむ子供達。

喜ぶドキンちゃんは、もっともっと集めて部屋をチューリップでいっぱいにしたいと言います。
バイキンマンは、村中のチューリップをとりにいきます。
そこにアンパンマンが現れて、あとはお決まりシーン。バイキンマンをやっつけて解決。

自分の欲望のためにチューリップを集めるバイキンマンは「悪」として描かれます。
子供への教育的メッセージも含まれます。これが子供向けの世界です。

つぎのようなケースではどうでしょう?

ドキンちゃんが病気にかかり、命を助けるのには村中のすべてのチューリップが必要です。
バイキンマンは彼女のためにチューリップを集めるのです。
一人のために、村中のチューリップをもっていくのはエゴと言えばエゴです。
しかし、この展開でアンパンマンがバイキンマンをやっつけたところで解決にはなっていないように見えます。むしろ後味が悪いでしょう。
このケースではバイキンマンが「悪」とは言いきれないからです。

大人の世界では、何が正義で、何が悪とは言いきれないことが多いのです。

【犠牲者としてのヒーロー像】
「ドキンちゃん」が病気という事情を、観客に知らせずに物語を展開すれば、アンパンマンはただのヒーローになります。
「村にとつぜんチューリップを荒らす悪者が現れた。それを退治した正義のアンパンマン」となるのです。

バイキンマン側から描いたらどうでしょう?
「愛する人のために、悪者になるのを承知でチューリップを集めるバイキンマン」はヒーロー的です。
ちなみに、このように行動が賛同しづらくとも、動機には共感できるキャラクターをダークヒーローと呼びますが、これについてはいずれ別のキャラクター分析で考えます。

話に戻って、アンパンマンがバイキンマンを退治した後に「ドキンちゃんが病気である」という事実が、村中に広まったらどうなるでしょうか?
安全なアンパンマンの世界観であれば、みんなで協力してドキンちゃんを助ける展開になるのですが、大人の世界ではアンパンマンを非難する人が必ず現れます。
国のために戦ったのに勝利後は処刑されたジャンヌ・ダルクと同じです。

このようにヒーローは視点が変わると、たちまち悪者となります。あるいは悪者も共感を得ればダークヒーローになります。
ヒーローは己の行動に、自覚的であれ、無自覚であれ、犠牲者としての側面がともなうのです。

それはアンパンマンが顔を千切って空腹な子供に分け与える行動にも反映されています。
さらに言えば作者のやなせたかしさんの戦時中の体験が反映されています(誕生秘話などはテレビでよく特集されています。興味ある方は探してみてください)。
ここにアンパンマンのキャラクターコアがあるともいえます。

他の国のヒーローと比べるなら、日本的なヒーローともいえるかもしれません。
国に利益をもたらすものをヒーローとする狩猟民族的なヒーローとはコアが違います。

【ブレないヒーローへの憧れ】
アンパンマンは子供向けのヒーローであるために、けっして意志がブレません。
これは「悩む」「葛藤する」といった複雑な感情が、幼い子供には理解できないための物語の作り方です。
世界観も子供向けにできているため、正義について問いかけられるような事件も起こりません。
見方によっては完璧なヒーローなのです。

このことは東日本大震災の折に、主題歌のアンパンマンのマーチが多くの人の心の支えになったのと無関係ではありません。
悲惨な現実を前に、完璧なヒーローを求める気持ちが反映されていたと思われます。人が物語なしには生きられないこととも繋がります。

偶然ですが、今日10月3日はアニメが初めて放送されたアンパンマンの日だそうです。

【分類】
キャラクターロール:主人公
キャラクタータイプ:ガーディアン
キャラクターアーク:フラット
ストーリータイプ:難題に直面した凡人
プロットタイプ:事件解決型

初期のアンパンマンの本を紹介した記事はこちら→『飛べ!アンパンマン』やなせたかし(#12)

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緋片イルカ 2019/10/03

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