ショットの要素5:「タイム」(演出11)

「ショットの要素」の記事:
概略
1:「トーン」
2:「フレーミング」
3:「キャラクター」
4:「ムーブ」
5:「タイム」
6:「トランジション」
7:「サウンド」
まとめ

ショットの時間

今回、考える要素はワンショットの時間についてです。

映像は「時間芸術」でもあるので、時間をコントロールすることは極めて重要です。

かんたんな実験をしてみましょう。

次の「画像1」のボタンを押すと、ある画像が表示されます。心の中で「3秒」数えたら閉じて、次の「アンケート」に進んでください。


フリー素材ぱくたそ Photo by すしぱく

次の「アンケート」に答えてみてください。




















写真の中にどんな文字(看板)が映っていましたか? 覚えているものをすべてクリックしてみてください。

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認知のスピードには個人差もありますが「3秒」ですべてを読めた人はいないでしょう。文字情報の認知は時間がかかるからです。また「TSUTAYA」や「マツモトキヨシ」は写真内では文字が欠けていますので、経験や推測が必要なので、より時間が必要です。

集中度の問題もあります。今回は前置きをせずに画像を見せてから「覚えていますか?」と聞きましたが、先に「次の画像内の文字を覚えてください」と伝えておけば認知数は増えるでしょう(このことは、例えばミステリーのフリがあるとないとでは、観客の作品を見る態度が変わるのと関連します)。

いずれにせよ「画像内の情報量」と「観客の認知のスピード」に合わせて、ショットの効果的なタイムが決まってきます。

「観客の認知」よりタイムが短すぎると、観客は混乱したりストーリーを誤解したりする可能性があります。タイムが長すぎると退屈します。ショットの数とそれぞれのタイムが、音楽のテンポのように、作品全体のテンポに繋がっていくのです。

※かなりの余談ですが、巷でいわれる「サブリミナル効果」というものがあります。人間が認知できないスピードで映像を見せることで潜在化に欲求を植え込むという技法で、映画館でコカコーラの映像をサブリミナルで見せたら売上げが上昇したという実験が有名です。いまだに信じる人がいますが、その実験はヤラセであったことが研究者自身が認めていて、現代ではサブリミナル効果はないと言われています。いまだに信じている人がいるので書き加えておきます。

テンポが速いときの効果

現代は何事もスピーディです。映像でいえば数秒のショート動画にすら見慣れています。

映画も同様で、ヒッチコックの映画などショットの工夫では今見ても参考になるものが多々ありますが、テンポは遅く感じます。

youtubeなどでテロップの文字が読みきる前に消えてしまって、巻き戻した経験はないでしょうか?

そういうとき観客はストレスを感じます。「ちょっと待って、速いよ~」と文句を言いたくなるような気持ちです。編集が下手だとも感じてしまいます。

一方で、ホラー映画などで、一瞬だけ映った映像に「え? 今の何だろう?」と好奇心(と恐怖心)を搔き立てられたことはないでしょうか?

こういったものは演出だとわかるので「正体を知りたい」「つづきを見たい」という気持ちにつながります。

ちなみに、ホラー映画の演出例をよく挙げるのは、恐怖を搔き立てるというのは原始的で、演出もわかりやすいからです。

認知を越えた速いショットは、良くも悪くも観客にストレスを与えます。

ストレスを与えたからには、後でカタルシスを用意する責任が創り手にはあります(回収といっても良いでしょう)。

認知ギリギリの速さはどうでしょう?

学校の授業で、眠くなる先生と、とても刺激的な先生がいませんでしたか?

眠くなる先生の授業は、しゃべり方がゆっくりで、教科書に書いてあることを一字一句読みあげたり、同じようなことを何度も言ったりする傾向があります。

刺激的な先生の授業は、ポイントがわかりやすく、スピーディで、しっかり聞いていないと遅れてしまう。そんな感じではなかったでしょうか?

(もちろん、眠くなるようなスピードだけど、内容がとても深く、眠さを我慢してでも聞く価値のある授業もあるでしょう)

授業の「ポイントがわかりやすい」というのは、そのショットで伝えたい「情報」や「印象」が明確ということです。

ショットの意図が不明であるとき、観客を考えさせるきっかけにはなりますが、いきすぎると「訳分かんない!」とついていけなくなります。授業が難し過ぎてついていけないという感じです。初心者向けと、上級者向けの授業は内容が変わります。

映画でも、ある程度は誰に向けているかというターゲットがあるので、ズレてしまうと「つまらない」と感じることがあります。

単純に言うなら、若者向ならスピーディな展開がかっこよく見えるものが年配者には速すぎると感じたり、逆に年配者向けのドラマが若者には遅いと感じたりということです。

誰に、何を伝えたいかで、しっかりとスピードをコントロールする必要があります。

テンポが遅いときの効果

エンタメ性、多くの人に飽きさせないためには、ほどよく刺激的にスピーディなのが相応しいといえます。

ですが、スローなものにはスローな価値があります。

ゆっくり、しっかりと、考えたり、感じたり、味わったりするためには時間の確保が必要です。

食事を想像してみてください。

同じものでも、ゆっくり食べたときには、違った発見があるかもしれません。考えたり、思い出したりする時間を与えることで、体験が豊かになるのです。

いわゆる芸術の「間」と呼ばれるものに繋がります。

ただし、注意しなくてはいけないのは「間」を効果的にするには、それなりの質が必要だということです。

料亭の懐石料理を2時間かけて味わうことには意義がありそうです。

ですが、駄菓子1つを2時間かけて味わうことで得られる経験と同じとは言えないでしょう(皮肉や自虐的な経験は得られるでしょうが)。

懐石料理は、食材に拘り、手間暇をかけて作られているからこそ、長い時間に耐えうるのです。

映像でいえば、ショットや役者の演技が、長時間に耐えうるのか?ということです。

これは創り手が思っているほど、観客には伝わらない傾向があることに注意が必要です。

現代人は忙しないので「懐石料理のこだわりはわかる。だけど2時間もいらない。1時間にしてほしい」という人が多くなっているのです。社会の傾向なので、嘆いても仕方ありません。

創り手も、気取った芸術観で慢心せず「本当に長時間を見せるに値するほどのショットなのか?」と厳しく精査した上で、覚悟をもって長いショットを使うべきでしょう。

今後の「ショット分析」では、長さに値する上質なショットと、その理由も検証していきます。

メリハリ

ショットのテンポが速い方がいいか、遅い方がいいか、どっちがいいという単純な問題ではありません。

作品によって違うし、シーンによっても違います。

作品全体に統一感があることは、一つの心地良さにつながります。

個人的な体験を挙げると、スタンリー・キューブリック監督の映画はゆったりとしたテンポです。未熟だった頃、僕はキューブリック映画は眠くなってしまうことが多く、冗漫という印象がありました。ショットよりもストーリーで捉える傾向が強かったためだとも思います。けれど、ある時期から、このテンポがとても心地よく感じるようになって、とても好きになりました。古典芸能の「能」でも同じような経験があります。初めは古典芸能というだけでムリして観に行っていたのですが、ある瞬間、役者の最小限の動きから感情が伝わってきて、感動したことがあるのです。好みといえば、それだけの問題だとも思いますし、「わかる人にはわかる世界」などといったマウントをとったりは全く思いません(古典芸能の方が素晴らしいといった比較でものを言うひとは、エンタメの素晴らしさを理解していないことでもあります)が、創り手としては良いと思える幅が広いことは、損にはならないと思っています。

シーンによってテンポを変えるというのは、アークに合わせて変えるということです。

主人公の感情が高ぶっていたり、アクションの多いシーンではスピーディにしたり、じっくりと感情移入してほしいところでは時間をとったりします。

そういったメリハリを付けることは当然ですが、そういった変化がありつつも、それでいて、全体として統一感がとれているのは、心地よさに繋がるのではないかと思います。

ショット数のカウント

作品内のショット数、ショットの時間というのは客観的に数えることが可能なので、一つの指標になると考えています。

AIなど駆使できればいいのですが出来ないので、僕は古典的に指で押す「カウンター」を使ってショット数を調べています。

映画全体の時間をショット数で割れば、ワンショットあたりの平均時間が出せて、他の作品との比較、ジャンルによる違い、監督の個性などを考えるきっかけになります。

映画を観ながら指を動かすのは、慣れるまで少し大変ですが、指を通して体でテンポがわかるので、とても勉強になります。

分析、勉強の一例として紹介しておきます。

イルカ 2024.2.5

次:ショットの要素6:「トランジション」(演出12)

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