ショットの要素7:「サウンド」(演出13)

「ショットの要素」の記事:
概略
1:「トーン」
2:「フレーミング」
3:「キャラクター」
4:「ムーブ」
5:「タイム」
6:「トランジション」
7:「サウンド」
まとめ

視覚と聴覚

ショットの要素、最後の項目になります。

これまでのショットについては視覚情報についての演出でしたが、サウンドは聴覚情報についてです。

感覚器官としては視覚の方が処理能力が高いといえます。細胞の数でも多いですし、体感としてなら、目をつぶって歩くのと、耳を塞いで歩くのをどちらが怖いかと想像してみるだけで感じられるはずです。

ただし、どちらが大事かといった話ではなく、演出効果としては、当たり前ですが、両方が効果的に働いているのが良いに決まっています。役割も違います。

映像と音楽ががっちり噛み合うことで、観客をより深く、物語の世界に引きこむことができるのです。

映画で使われるサウンドは「BGM:バックグランドミュージック」と「SE:サウンドエフェクト」の2つに大きく分けられます。

それぞれ考えていきます。

SEを脚本に書く

脚本でいえば、BGMは基本的に脚本家が指定する必要はありませんが、SEはストーリーに関わるようなものは、しっかりと「ト書き」に書かなくてはいけません。

例えば、人が食べているとき食器がぶつかる音がします。こういった自然に発生する音は、書く必要はありません。

例:
〇レストラン(夜)
 女と男、テーブルで食事中。パスタを食べていて、食器がカチカチとぶつかる音がする。
女「おいしいね」
男「ほんと、調べて来た買いがあったね」
 男、パスタをクルクルとフォークに巻いて、食べる。

「食器がぶつかる音」はストーリー上で何の意味がありません。ト書きに書かなくても、撮影時に自然に鳴ります。(※ただし、人間は音表現からイメージを作りやすいので連想させるために、あえて書くというテクニックはあります。ほどほどであれば)。

次の例と比べてみてください。

例:
〇レストラン(夜)
 女と男、テーブルで食事中。パスタを食べている。店内は静かで、男の食べる食器の音だけカチカチと響いている。
女「おいしいね……」
男「ほんと、調べて来た買いがあったね」
 男、パスタをクルクルとフォークに巻いて、食べる。また、音が響く。

この後、女がどんな表情をしているか、浮かんできませんか?

こういうSEはストーリーに関わる重要なサウンドです。しっかり観客に伝わるように入れてもらわないと、ト書きにも指定しておかなければいけません。

次は、画面外から伝わるSEです。

例:
〇事務所・室内(夜)
 真っ暗な部屋、刑事が忍び足で入ってくる。警戒している。
 棚が倒れる物音。
刑事「くそう」
 刑事、部屋を出て行く。

これも悪い例です。何がいけないかわかりますか?

一緒に映像を浮かべてみましょう。

事務所内の様子は、人によってそれぞれ浮かべるでしょうが、忍び足で入ってくる刑事の姿はおおよそ似ていると思います。ここまでは問題ありません。

「棚が倒れる物音」は、どんな音が聞こえましたか?

擬音にするなら「ドン!」とか「バン!」とか低めの音でしょう。棚の大きさがわかりませんが、別の部屋から聞こえたようなので大きめの音でしょう。

脚本上では「棚が倒れる」とあるので文章として理解できますが、映像では「ドン!」とか「バン!」だけでは何の音か判断できないでしょう。扉が閉まった音かもしれないし、屋上から何かが落下した音かもしれません。

その後、刑事は「くそう」と言って部屋を出て行きますが、これもよくわからず、観客はついていけません。

こういう書き方が脚本では(文字では)わかっても、映像にすると問題が起きるパターンです。

簡単に直してみます。

例:
〇事務所・室内(夜)
 真っ暗な部屋、刑事が忍び足で入ってくる。警戒している。
 階下から大きな本棚が倒れる音。
刑事「くそう、下か」
 刑事、部屋を出て行く。

〇事務所・階段(夜)
 刑事、かけ降りる。

〇事務所・下の階の室内(夜)
 刑事、駆けこんでくる。
 倒れている本棚。ちらばっている書類。
(つづき)

どうせ「ドン」とか「バン」という音だけでは、棚なのかどうかは判断つきません。とにかく大きな物音というだけです。だから「物音」と書いてしまってもいいのですが、SEを用意するスタッフへの指示として、書いておくというつもりであれば「階下から大きな本棚」と書いてしまって構いません。それだけで伝わると思わないことが大事です。

だから、刑事に「下か」と、方角を言わせています(独り言はチープな技法ですが)。

さらに、下の階へ行かせて「物音の正体」をきちんと映像で見せています。

これで、刑事が上の階にいるうちに、下の階に誰かいた、あるいは本棚を倒して何かを奪っていったといったことが伝わります。

「ドン」とか「バン」だけでは伝わらないのです。

アニメなどでは、ショックを受けたときに「ババーン」とか、何か閃いたときに「ピカーン」といった心の音が入ることがあります(こういう音を言う用語があったはずですが、どうしても思い出せません。誰か教えてください笑)。

これらは、演出段階で弱いと思えば入れればいいので脚本で書く必要はない、と僕は考えます。

〇探偵事務所・室内(昼)
 探偵、腕を組んで考えている。
 そのとき、あることに閃く。
 急に立ちあがって、部屋を出ていく。

この閃いた瞬間に「ピカーン」とSEを入れる可能性がありますが、作品全体のジャンルにもよります。

アニメは作画だけで表情が伝えづらい(特に昔は作画の質が悪かった)ので、露骨にサウンドや、説明セリフで補う必要がありました。マンガ的の「電球が点く」ような表現すら許容されます。

実写ではコメディなどでは相性がいいですが、シリアスなミステリーではリアルな雰囲気を崩します。

「あることに閃く」で、演出家や役者が、キャラに合った演技をしてくれるのが理想だと思いますが、演出家、役者の演技力を信用できないときは、もう一歩踏み込んだ指定をしてもいいでしょう。

〇探偵事務所・室内(昼)
 探偵、腕を組んで考えている。
 突然、目を見開く。閃いのたである。
 腹を抱えて笑いだす。
 それから、急に真顔になって立ちあがり、部屋を出ていく。

とくに個性的ではありませんが、何か感情が動いたときに「目を見開く」というのは、人間の原始的な動作なので、ここまで指定してあげると、わかりやすい演技をしてくれます。

「腹を抱えて笑い出す」は、ちょっとした個性として書きました(魅力的な個性ではありませんが!)。

脚本の前半(初登場シーンなどは特に)では、キャラの個性が読者(役者)に伝わっていないので、あえてト書きを詳細にすることで、キャラのセットアップに繋がります。

脚本の後半や、クライマックスなどで演技で見せてほしいシーンなのでは、あえて役者に任せる意味を込めて、「あることに閃く」ぐらいの曖昧さが、映像としてのレベルアップに繋がる可能性がある、と僕は考えます。

BGMについて

BGMは編集段階でいれると言えます。当たり前ですが感情やシーンの雰囲気に合わせていれます。

ショットとしての重要な効果は、BGMで予感させたり、サスペンスを引っ張る効果です。

ホラーで例をあげるなら、モンスターが迫るときのお決まりの音楽(ライトモチーフ)によって、通常のシーンなのに危険が迫っていることが伝わったり、「まだ危険が終わっていないこと」が伝わったりします。

スターウォーズの「ライトモチーフ」は世界観と結びついていたり、ダースベーダーというキャラと結びついています。インディージョーンズも有名で聞いただけで、すぐに連想されます。

群像劇の例ではストーリーがバラけやすいところを、巧みなBGMでシークエンスを固めている監督もいます。
参考:「音楽の形式と映画の構成」(三幕構成12)

僕はあまり音楽が得意ではないのでメロディの種類などを区分けできませんが、使われている楽器の種類などで系統が決まったりします。

たとえば打楽器が中心のBGMであれば、原始的、民族的な、鼓舞する音楽になります(心音との関連も)。キリスト教圏では弦楽器は天上の楽器、息を吹き込んで鳴らす管楽器は地上の音楽という区分けがされたり、テクノのような機械的な音楽に相性がいいジャンルがあります。

どのタイミングで、どういった音楽を流すかは、脚本より監督の方針に委ねらることが多いといえますが、音楽自体がストーリーに直結している場合は別です。

そもそも主人公がミュージシャンだったりすれば、どのシーンでどの曲を歌うかといったこと自体が、キャラクターに関わりますので、脚本で指定することになります。

ミュージカルと主題歌

BGMではなく、歌詞つきの主題歌があります。通常であればオープニングやエンディングのクレジットに流すもので、作中で「挿入歌」を流すのは特殊な事情か、あるいはチープな演出の可能性があります。

ストーリーやBGMで盛りあげきれない部分を、もはや歌詞を入れた歌で盛りあげてしまおうという演出です。やはり古いアニメなどではシーン中に主題歌を流してしまう演出がよくありましたが、これはチープというよりは、先に書いた事情により当然の演出といえます。

それとは別にミュージカルという特殊なジャンルがあります。

これはオペラや楽劇の延長で完成していった舞台演出の一つで、それがさらに映画になっているという流れが多いといえます。ハリウッドのミュージカル映画のほとんどはブロードウェイミュージカルが原作です。

そもそも監督をやらなければ、脚本だけ書く機会はほとんどないので脚本については触れませんが、ミュージカル映画を成功させるコツは、まさに映像とサウンドを、どれだけ共鳴させるかにかかっていると思います。

ブロードウェイの舞台では、歌手が生歌を披露するので動きがなくても(視覚刺激が弱くても)、歌に聴き入ることができます。ですが、生歌の空気感は「キャラクター」の記事でも書いたように、カメラを通した途端に失われてしまいます。

このことを理解していない監督が演出したミュージカル映画は、いかに歌唱力のある役者をつかっても、ブロードウェイのライブ感には勝てないと言えるでしょう(僕はブロードウェイには行ったことありませんが)。

古い映画ですが2本、リンダ・シーガーが成功しているミュージカル映画として挙げていたものを、ご紹介しておきます。これが良い「ミュージカル映画」であるという意見には同感です。

『シカゴ』

『ムーラン・ルージュ』

これ以外の映画がダメという意味では全くありません。リンダ・シーガーの本自体が古いので、最近の映画は対象になっていません。

また『ボヘミアン・ラプソディ』とか『Ray/レイ』といった、ミュージシャンの伝記映画と、「ミュージカル映画」は全く別ジャンルなので混同しないように注意しましょう。

BGMがないリアリティ

ラース・フォン・トリアー監督らが提唱する「ドグマ95」という映画ルールがあります。(Wikipedia:ドグマ95)

その中に、「映像と関係のないところで作られた音(効果音など)をのせてはならない。」というものがあります。

ミヒャエル・ハネケ監督の作品では「BGMを使わないこと」が、むしろ作品の色になっています。

これまでの記事で「観客にカメラを意識させすぎることは、感情移入を阻害する要因」ということを何度も話しましたが、それはサウンドについても言えます。

閃いたときの「ピカン」といった心の音や、感情を煽るようなBFMは、情緒を付加する演出ではありますが、ストーリーや演技からしっかりと伝わっているときには邪魔になることがあります。

BGMの使い方が下手な作品がときどきあります。せっかく、物語の世界に入りこんでいたのに、うるさいBGMのせいで邪魔をされるのです。

エンタメとしては、多くの人を惹きつけるために、あざといBGMが効果を果たしますし、場合によってはストーリーの矛盾や、演技の粗さを、音楽がカバーしてしまうときもあります。どうしようもない場合に、わかっていて使うのであれば、ひとつの演出技術といえます。

その点、よくできたミニプロット系映画では、BGMが邪魔になることが多いといえます。しかし、それらの作品では音楽が全然ないのかといえば、そんなことはありません。

自然な形で、耳に入ってくる音楽はリアルの範疇です。車で音楽をかけたり、バーでは音楽が流れていたり、こういったことはリアルな日常でもありますから、音楽を入れたいときに、巧みにそういうシーンを入れるように誘導するのです。これは脚本の技術です。

言い換えるならば「脚本上の演出が悪いからBGMを入れたくなる」とも言えるのかもしれません。

イルカ 2024.2.10

次:まとめ(演出14)

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