『いだてん』の主人公は誰なのか?

NHKのテレビ小説も大河ドラマも、すべての回を見通したことがないが、宮藤官九郎さんの『あまちゃん』は話題になり始めてから見始めて最後まで見てしまった。
その宮藤さんが大河を書く、それも日本人で初めてオリンピックに出場した金栗四三(かなくり しそう)というマラソン選手だときいて期待していた。

テレビは録画を溜めて数ヶ月遅れで見たりすることがほとんどで、先日、ようやく『いだてん』の1話と2話を見て、続きは消してしまった。

宮藤さんはキャラクターとセリフに味わいのある脚本家だけど、実在の人物をモデルにしてる今回のドラマでは、その味が出し切れていないように感じた。そのせいか、ときどき入ってくる笑わせどころがコントのように空々しく、ストーリーの進行を止めているようにさえ見えることもある。いっそ感情に重きを置いた重厚なシリアスなドラマに徹しても良かったのかもしれない。大河ドラマファンも同じように感じるのではないか。

もう一つ大きな欠点として「ストーリーエンジン」が足りていないということ。ストーリーエンジンというのはテーマと葛藤を合わせたようなものでストーリードライブと呼んだりもする。かんたんに言えば、続きを見たいと思わせる展開、引っ張る力。

ちなみに連続ドラマで1話目を見たいと思わせる力はフックがあるといえる。『いだてん』で言えば、宮藤官九郎脚本、オリンピック話というネタで見たいと思ったのだから、フックはあった。だから僕は録画予約した。それに対して1話目を見て、次も見たいと思えるかどうかは「ストーリーエンジン」にかかっている。

連続ドラマの視聴率では初回と平均視聴率を比べてみるとストーリーエンジンがわかる。
初回の視聴率は原作の人気やキャスト、番宣次第で決まる。観客からすれば、初回を見てみようと思えるかどうか、である。

初回を見て面白ければ、次回も見たいと思う。

その連続に、口コミが加わって、後追いで見始める視聴者が増えてくるので、話題になったドラマは必ず後半の視聴率が尻上がりになって、平均視聴率は初回視聴率を越えている。

当然のことながら、初回から視聴率が下がっていくのは、せっかく初回を見てくれた人が離れていっているからである。この見続けさせる力=ストーリーエンジンの8割ぐらいは脚本による。

キャストや原作に対する好き嫌いは、初回を見るかどうかに影響しても、2回目以降はそこが問題ではない。演出や編集の影響もあるが、脚本がしっかり構成されていれば演出や編集も自然と決まってくるので、影響はやや少ない。

ちなみに現時点での視聴率を調べてみたら以下のとおりだった。
第1回 1月6日 夜明け前 15.5%
第2回 1月13日 坊っちゃん 12.0%
第3回 1月20日 冒険世界 13.2%
第4回 1月27日 小便小僧 11.6%
第5回 2月3日 雨ニモマケズ 10.2%
第6回 2月10日 お江戸日本橋 9.9%
第7回 2月17日 おかしな二人 9.5%
第8回 2月24日 敵は幾万 9.3%

ストーリーエンジンが不足しているのは明らかである。長期戦の大河ドラマなのでこれからテコ入れもするだろうが、アメリカのドラマなら打ち切りされかねないところである。

もちろん、アメリカのドラマではそうならないように「ストーリーエンジン」についても研究がなされている。

やや脇道にそれるが、説明しておく。

「ストーリーエンジン」の要素を分解すればテーマと主人公の葛藤である。
主人公が目指しているもの(ゴール)と、それに対する葛藤=「バトル」を展開すること。これは構成の基本中の基本だが、これだけで引っ張ることはむずかしい。

例えば「職場から家に帰る」という目的を持っている主人公がいるとする。

そこへ「上司からの飲みの誘い」があったり「電車が止まる」といった障害となるイベントが連続的に起きることで葛藤が成立する。力学だけを言えば「進行方向」と「障害」をつくればいい。

物語創作の本ではしきりに「葛藤」の重要性を説くものもあるが、葛藤をつくること自体は簡単である。大事なのはそれが面白いかどうかである。

そこで障害イベントを派手にしていく。
家に帰ろうとする主人公の前に「殺し屋に狙われる」とか「宇宙人が現れる」といったことが起きる。サスペンスやコメディになって物語に色がつく。

それでも観客という一人の人間を、テレビの前に縛りつけておくに値しないければそれまで。チャンネルを替えられてしまうだろう。CMやコントぐらいのショートストーリーならば成立しても、映画やドラマでは物足りなくなる可能性がある。

もっと惹きつけるにはより深いテーマ性が必要になる。抽象的になってくるが、その時代の問題意識や、主人公に共感するかどうかといった様々な要素がからみあって、観客はその続きを見ようかどうかを決めるのである。(※謎をつくって引っ張るという強力なテクニックもあるが、あざといとCMまたぎの煽りに見えて嫌われることもある)

主人公が家に帰りたいのには「愛する子どもの誕生日で、絶対に帰るという約束をしている」という個人的な理由をくわえると、すこし共感できるようになる。「家に帰ること」に「子どもへの愛」というテーマが加わったからである。

職場から帰らせない障害イベントに「ブラック企業」を思わせる具体的な皮肉が効いていると笑えるようになる。時代性というテーマが加わっている。

『走れメロス』のように「処刑されるはずの自分のために一時的に身代わりになってくれた友人のために」とより個人的であり、ただの「友情」ではなく「友情のために死を覚悟する」という人間の本質的なテーマが加わるだろう。

テーマは多種多様で、形式的に加えるものでもないので抽象的になってしまう。このセンスは物語創作のテクニックとは別のものなので、作家自身がそれぞれ抱えたテーマで描いていくべきものである。

さて、話をもどして『いだてん』のストーリードライブについて考えてみる。

オリンピックというネタ自体はとてもタイムリーであるが、そのネタを使ってどういうテーマを伝えようとしているのかが見えてこない。


金栗四三という日本人として初めてオリンピックに参加した選手の葛藤を描くのかと思っていたが、初回をみると、どうやらそうでもないらしい。初回で豪華キャスト陣を顔見せしなくてはいけない縛りがあるとはいえ、ただでさえ登場人物が多い上に、時代もあちこち飛んでいて、とにかくわかりづらい。誰が主人公で、何をテーマとした話なのか見えてこない。

それでも2話目を見てみると、ようやく金栗四三の話になってくる。
しかし、初めてのマラソンであっさりと当時の世界記録を出してしまう。

これは史実のことなので展開を変えることはできないとはいえ、物語論でも書いたように、特定のシーンをどこに持ってくるかという構成の違いがテーマに影響する。つまり2話目でこのイベントをもってくるということは「金栗四三がオリンピックを目指して頑張る話」ではないようだということはわかる。

改めて『いだてん』のタイトルを見ると『いだてん〜東京オリムピック噺〜』となっている。金栗四三が主人公というよりは「東京オリンピック開催に頑張る男たち」の群像劇として描いていくのだろうと納得。いだてんというタイトルも、マラソン選手の意味だけでなく、オリンピックのために駆け抜けた男達とやるのかもしれない。

そんな中、『歴史秘話ヒストリア』で「東京オリンピックに懸けた男たち」という回があった。そこでオリンピックに重要な役目を果たした3人の人物を中心に紹介されていた。

金栗四三(演:中村勘九郎)
田畑政治(演:阿部サダヲ)
嘉納治五郎(演:役所広司)

ヒストリアの内容はこのサイトがまとまっている。

「東京オリンピック開催のために頑張る男達」という視点からみると、田畑政治(演:阿部サダヲ)と嘉納治五郎(演:役所広司)の方が作りやすいように思うし、そういう視点で初回を思い出してみると、嘉納治五郎(演:役所広司)が主人公らしい動きをしている。

それなのに「いだてん」というランナーを連想させるタイトルまでつけて、金栗四三を主人公に据えたのはなぜだろうか?

大河ドラマは地域振興の意味合いで、題材となる県を指定するので、今回はそれが金栗四三の出身である熊本だったのかもしれない。

歴史秘話ヒストリアによると……。
金栗は最初のストックホルムオリンピックでは気温30℃の中、今でいう熱中症になって途中棄権する。ちなみにマラソンに出場した選手64人中34人がリタイアし、1人が落命したらしい。

その55年後、ストックホルムの記念式典に招待され、切れなかったゴールテープを切ってタイムは「54年8ヶ月6日5時間32分20秒3」と読み上げらるサプライズが行われたという。『いだてん』の最終回付近で使われるだろう。

他にも、戦争によって一度は決まったオリンピックが頓挫したり、終戦後も、戦争を起こした国としてオリンピック参加を拒否されたり、それでも平和の祭典としてのオリンピックの開催に拘った男達は、たしかにドラマに値する。『いだてん』でもこれから、そういった名シーンが描かれるのだろう。

それならば尚更のこと、シリアスドラマに徹して、初回からテーマ性を匂わせて展開していけば(それがストーリーエンジンを駆動させるということ)、続けて見ていきたいと思えたのだが……。

(2019/03/02緋片イルカ)

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