※漢字の答えは広告の下にあります。小説内にお題の漢字が出てくるので、よかったら推測しながらお読み下さい。
新しい女と逢うのはギャンブルに似ている。アタリかハズレか、抱いてみるまでわからない。
第一印象がアタリでも、ベッドではハズレだった時にはがっかりするが、反対だった時は得した気分になる。その女の、知らなかった一面を俺だけが知っているような満足感がある。終わりよければすべてよし。そういう女とはまた会いたいと思う。
上村真知子はハズレから始まった。
「もうすぐ着きます」
というメッセージから一五分経っても来なかった。東京は最大級の寒波とやらで、午後からの雪が、夜になってもしんしんと降りつづけていた。自販機や停まっている車の上には掴めるほどの雪が積っている。
いっこうに真知子の来る気配がないので店に入っていようかと思ったが、「駅に着きました」というので待つことにした。だが十分しても来ない。
駅というのは乗り替えの駅だったらしく、それから二十分してようやく現れた。はじめから、どのくらい遅れると言ってくれれば店にでも入っていたのにと苦々しく思ったが、
「雪のせいで、ぜんぜん動かないんだもん」
彼女も予測がつかなかったのかもしれないと思った。勝手に外で待っていたのは俺だ。彼女のせいではない。
「ああ、お腹空いた……」
太い声で独り言か、せがんでいるのか、わからぬような言い方だった。
タクシーを停めた。彼女に先を譲って、俺も乗り込む。
ドアが閉まると、ようやく車内の暖房が効いてきて、赤くかじかんだ手の皮膚がひりひりする。
真知子がコートについた雪を払って、滴が俺のズボンにはねてくる。
そんなことは気にもとめず、彼女はポケットティッシュで自分のバッグを拭いている。ブランドもののバッグだったが、金具は雀斑のように錆ついている。
アタリかハズレか、抱いてみるまでわからない。俺は呪文のように心で唱えた。
ホテルで食事を済ませて部屋に入ると、真知子の方からキスをしてきた。大蒜の味がした。彼女が食べていたステーキソースの味だった。
ハズレはやっぱりハズレ、ということもある。
「今日はありがとうございました」
改札の前で、真知子はていねいに頭を下げてきた。自分でも愚かしいと思ったが、その一言で、意外にいい子じゃないかと思ってしまった。今日は散々な気分だったが雪のせいかもしれない。また会ってもいいとさえ思った。
「下衆山さんとのデートはとても楽しかったのですが、今日だけということにしてください。さようなら」
俺はしばらく大蒜が食べられなくなった。
今日の漢字:「大蒜」(にんにく)
仏教ではニンニクやニラなどの臭いの強い食べ物を、性欲や怒りを増進する食べ物として禁止していたそうです。耐え忍ぶという意味の「忍辱」(にんにく)という言葉がニンニクの語源らしいですが、お坊さん達はこっそり食べていたとか。おいしいですもんね。
(緋片イルカ2019/2/9)