※漢字の答えは広告の下にあります。小説内にお題の漢字が出てくるので、よかったら推測しながらお読み下さい。
今回からは妻の浮気シリーズの連作です。
ソファで缶ビールを飲んでいると娘がやってきて、
「今日のママね。綺羅、星のごとくってかんじだったの」
と、潜めた声で言った。妻は風呂に入っていて聞かれる心配はない。妻が浮気をしているかもしれないという情報以上に気になることがあった。
「綺羅星のごとく?」
「そう、髪もセットして口紅なんか塗っちゃってさ。服だって私が見たことないやつだった。綺羅、星のごとく」
「お前、なんで、そう、綺羅星を切って言うんだ。綺羅、星のごとく」
「え? パパ、もしかして……知らないの?」
娘はスマホで検索して俺に見せた。
「綺羅星で光る星のことだと思ってない?」
図星だった。キラっと擬音を綺羅という漢字を当てたのだと思っていた。
「し、知ってるに決まってる」
「ウソだ、今、綺羅星って言ってたじゃん」
娘は間髪(かんぱつ)をいれずに言った。これも正しくは「間、髪をいれず」で髪の毛も入らないほどの間でという意味だが、それは漢字を見れば明らかだ。「綺羅星」は気づかなかった。
「そんなことより今はママのことだろう」
「ああ、うん、そうだった」
自分だけが知らないのが俺は何よりも嫌いだ。漢字でも浮気でも、そう。妻が浮気をするなら構わない。ただ浮気をすることよりも、俺に隠してするということが我慢ならないのだ。
「他に何か言ってなかったか?」
「誰と会うのって言ったら高校の同級生って。でもママって、そういう繋がりほとんどないでしょ?」
「ああ、思い出した。この前、駅で久しぶりに再会したって言ってたな」
「そうなの? じゃあほんとに友達と会ってたんだ」
「だろうな」
それを聞いて娘は安心したようだったが、どこかがっかりしたようにも見えた。妻の浮気話は徒花に終わった。
娘が部屋にあがっていき、妻が風呂から戻ってきた。俺は半分残っていた缶ビールを飲み干して、
「もう一本とってくれ」
「はい。ロング缶でいいですか?」
冷蔵庫から一本もってきた妻の腕を俺はつかんだ。
「今日、誰と会ってた?」
「え……」
缶ビールがソファに落ちた。
「同級生って誰だ?」
「えっと、あの……」
「俺ならともかく娘に疑われるような行動はするな」
男の浮気と女の浮気は違う。
「は、はい……気をつけます」
俺は妻の手を離して、缶ビールを拾った。開けるとプシュッと泡が吹き出して顔にかかった。
妻は無言で出て行った。
※つづく
今日の漢字:「綺羅、星のごとく」(きら、ほしのごとく)
綺羅の「綺」も「羅」も絹織物のこと。衣服が星のように輝いているという意味です。「綺羅、星のごとく居並ぶ」という使い方をしたときは、夜空の星のようにたくさん並んでいるという意味なので、ドレスを着た女性がたくさんいるパーティー会場のようなイメージ。
(緋片イルカ2018/11/15)