※漢字の答えは広告の下にあります。小説内にお題の漢字が出てくるので、よかったら推測しながらお読み下さい。
妻の浮気シリーズは「綺羅星」読めますか?(ゲス漢16)からの連作です。
「俺、勃たないんだよね……」
わたしに背を向けたまま、松山くんは言った。
「年齢的なものとかじゃないの? ごめん、わたし、経験ないから、そういうのわからないんだけど……」
一般的な47歳というのは、どうなのだろう? 夫は4つ上でも週に3回は求めてくる。あるいは、わたしに魅力がないから松山くんは……。
「妻に浮気されてから、こうなんだ……お前のせいじゃないから」
「待って、わたしにやらせて……」
わたしは夫に習ったように、あれや、これや、試してみたが松山くんのは土筆のままだった。夫なら竹の子のようにすくすく伸びてくるのに。
「お前から抱いて欲しいって言ってきたとき、もしかしたらって思ったんだ。ごめん」
「そんな、謝らないで、わたしの方こそ……ごめん」
わたし達は寄り添って寝ころんだ。高校時代に好きあった男女が30年越しに抱き合ってキスをしている。それもラブホテルで。他人からみたら「姥桜の狂い咲き」なんて笑い話にしかみえないだろうな。だけど、わたしも松山くんも、確かめてみるしかなかったのだ。じぶんのキモチやカラダを。
わたしの胸に顔をうずめる子供みたいな松山くんの頭を撫でながら、わたしは確信した。
もう松山くんと会うことは二度とないだろう……
眦に涙がにじんだ。
家に帰ると、わたしはバスルームへかけこんだ。わたしはあんなにも愛してくれる夫を裏切ったのだ。下着についた邪な汚れを見たら、己の罪深さを感じた。さいわい、夫はまだ帰ってきていなかった。
「今日のママね。綺羅、星のごとくってかんじだったの」
禊ぎ(みそぎ)をおえて、バスタオルで体を拭いているとリビングから娘の声が聞こえた。
バレてる……?
温まったばかりの体がとたんに冷えた。まだおわってはいなかった。
平静をよそおってリビングへ戻った。
「ロング缶でいいですか?」
夫に言われて冷蔵庫からビールをとる。腕が震える。
「今日、誰と会ってた?」
「え……」
缶ビールがソファに落ちた。
「同級生って誰だ?」
「えっと、あの……」
「俺ならともかく娘に疑われるような行動はするな」
「は、はい……気をつけます」
たったそれだけ、絞り出すように答えた。
寝室に逃げこんで、夫が入ってこれないよう扉に体を押しつけた。
いろんなキモチが浮かんでは泡沫のごとく消えた。
高校時代の松山くんへのハツコイ。再会したときのヨロコビ。奥さんに浮気された松山くんのサミシサ。サヨナラ。いろんなキモチをミキサーにかけると、気色の悪い、まずそうなジュースができた。そのなかに砕けずに残っている言葉があった。
「偕老同穴というのは夫婦がともに老いて同じ墓に入るという意味だ。俺は浮気をするかもしれないし、君に迷惑をかけることもいっぱいあると思う。それでも最期は君と一緒の墓に入りたいと思ってる」
夫のプロポーズの言葉だった。
どこから落ちたのか、螺子が一本、フローリングの上に落ちていた。わたしのこころを締めていた一本かもしれない。わたしは見つけたのだ。
そのとき、夫が扉をノックした。
「入っていいか?」
「どうぞ」
わたしは正座して夫を迎え入れた。
(つづく)
今日の漢字:「姥桜」(うばざくら)
1:ヒガンザクラなどの葉より先に花が咲く桜のこと。「葉なしの桜」→「歯無しの桜」の連想から。
2:年をとっても魅力的な女性への褒め言葉。
姥捨山などの印象か、現代ではネガティブな意味で誤用する人が多いそうです。それ以前に使ってる人に出会ったことありませんが……。
作中の「姥桜の狂い咲き」は年配の人が年甲斐もなく色を出すことを揶揄して言うことわざ。「狂い咲き」は季節はずれに咲くこと。
なんだか、女性蔑視が込められてるような気がしますが、僕がつくった言葉ではありませんので、あしからず(^^;)
(緋片イルカ2018/11/29)
「取次筋斗」読めますか?(ゲス漢24)