最近見たある映画でこんなシーンがあった。
ある会社内のストーリー。上司に不信感をもった部下が、上司の社内パソコンにアクセスして嘘を見つけて追求する。
部下はなぜ、上司のパソコンにアクセスできたかを説明するかのように「僕、前の職場ではホワイトハッカーをしていたんです」と。
そのセリフ一言で、僕は失笑した。
映画はアクト2に入っていて、部下が「元ホワイトハッカーである」フリは一切なかった。展開をゴリ押しするためだけのセリフだった。
こういう一言が出てくる時点で、僕はクリエイターの資質を疑いたくなる。
細かい揚げ足をとりたいというのではなく、こういうセリフを良しとして映像化してしまうチーム(脚本、監督、プロデューサーなど)のスタンスが見えるからである。映像化されている脚本は何度も推敲を経ているのに誰も問題視しなかったのだ。
小さなゴリ押しが、僕にとって「失笑」だったのは、同じ作家としてゴリ押ししたくなる気持ちはわかる。
作家にはストーリーを「こう展開していきたい」という思惑があるが、なかなか辻褄が合わないときがある。「失笑」したのは「ああ、強引に通したな」という作り手のゴリ押しが見えたからである。
物語を創らない一般の観客なら「ホワイトハッカーだった」という設定を唐突に出されても「へえ~そうなんだ」と受け入れてくれる人もいるだろう(だが、その瞬間にも「ワーキングナラティブ」は阻害されている。後述する)。
あるいは「何だよ、その設定」と不快に思う人もいる。100人に1人だとしても、100万人見る映画であれば1万人を不快にさせる。
この不快感を感覚的に喩えるなら「ディズニーランドのスタッフにプライベートな話をされた」ときとか「不動産屋に相談しているとき、こちらの質問をスルーされたような不信感」に近いかもしれない。
ディズニーのテーマパークは従業員へ世界観を壊さないための教育が徹底しているが、そこでスタッフに「実は僕、バイトで普段は〇〇大学の学生なんです」とか言われたら、急にその従業員が個性を持ってしまう。
引っ越そうと迷っているマンションの「共用部分が汚れていたこと」を気にしているが、不動産屋に「そんなことは大丈夫ですよ」など、あっさりとスルーされたら、この不動産屋は「住む人の立場で考えていないのだ」と感じてしまう。
ストーリーのゴリ押しは、そういう作り手の本音(スタンス)が見えてしまう瞬間なのである。
一度、気にさせてしまうと、もう楽しめない人がいる。
ディズニーランドの帰り道に「大学生のスタッフ」を思い出して台無しにされたり、不動産屋のレビューに★1の書き込みをされてしまうかもしれない。映画のレビュー欄でも同様の書き込みはたくさんある。
ゴリ押しは、もちろんセリフだけでなく、ストーリー展開なども含む。ラストが「安直な夢オチ」であれば大バッシングは免れない。
それに比べて、セリフ一言などは些細なことかもしれず、気にせず楽しんでくれる観客も多いだろう(ディズニーランドに一日いれば、大学生スタッフのことなど忘れてしまう)。
だが、あなたが作者側であるとき、その甘えは許されない。観客の軽視である
徹底的に作り上げた世界観に観客を浸されることで、初めて感動が生まれるのである。
それこそ「ワーキングナラティブ」が阻害されたと言うことである。
「ワーキングナラティブ」について
この用語は書籍『脚本の科学 認知と知覚のプロセスから理解する映画と脚本のしくみ』にある言葉である。詳しく知りたい方は、この本をお読みいただきたい。以下は、僕なりの「ワーキングナラティブ」についての補足。
「ワーキングナラティブ」は難しく考えず「観客の気持ち」と置き換えてもいいと思う。
ただし、その「気持ち」には無意識的な領域で処理されるもの。
例えば映像作品を見ていて「何となくつまらない」「何となくぼーっとしてセリフが入ってこない」「眠くなる」などの感覚を抱いたことある人がほとんどだろう。
もちろん視聴者の体調や視聴環境は別とすれば、原因は作品にあるが、多くの一般の観客はその原因を言語化できない。ましてや受賞作品や有名監督の作品だと「高尚」とか「自分には理解できなかった」と卑下することで納得しようとする。
有名な作品で良いところもあれば悪いところもある。人間と同じで完璧な人などいない。この視点をもつことは大前提である。受賞作品には受賞するだけの意義があるし、流行る作品には流行るだけの理由がある。良い部分はしっかり掴んだ上で「何となくつまらない」ところは、しっかり見抜く。そうすれば、作家としては受賞に値する意義ある部分を含みつつ、ちゃんと面白い作品を目指すことができる。
「ワーキングナラティブ」がスムーズに作用していれば、それは「面白さ」に繋がる。これはビート論でいえば「プロットアーク」に近い。
落語でいえば、演目は同じなのに、上手い人と下手な人の語り口では心地よさや面白さがぜんぜん違う。会場にいる観客の「空気を読む」という技が含まれているだろうが、映像作品で言い換えるなら「観客のワーキングナラティブを読む」というセンスがいる。観客の個性に合わせることはできないから、基本的には人間の根源的な感覚に合わせることで、より多くの人を心地よくできる。
「ワーキングナラティブ」がスムーズに流れ、観客が心地よくなっているのは「夢を見ている」感覚に似ている。
よく言われる「主人公に感情移入」という言い方は、主人公だけではないので語弊があるのだが「世界観に浸っている」ならよいだろう。
時代劇のような過去やSFのような未来、行ったこともない外国や空想のファンタジー世界であっても、そこに自分がいるような気がして、その世界で起きる出来事を受け入れる感覚になる。
言うまでもないが、この状態に引き込むためには冒頭の数分がとても重要である。
人間は動物的な警戒心で、未知の世界を認知しようとする。「ここは安全か? この作品の世界を信じていいのか?」
おそらく、良い映画を見ているときと、そうでない映画を見ているときの違いは、観客の筋肉の緊張具合などにも出ているだろう(弛緩と緊張を含めて)。
数分間、その作品の世界を検証させて「これは信じられる」という気持ちにさせることが「観客の気持ちを引き込むこと」である(本当の「感情移入」はこちら)。
この記事で挙げたゴリ押しのセリフや展開が良くないのは、その瞬間に作り手の顔が浮かんだり、世界観の綻び、作り物感を観客に感じさせてしまう。夢から醒めてしまうのでる。
フィクションだと思っても気持ちが浸っていれば楽しむことはできるが、どうせ「嘘なんだよな」という気分になった途端、すべてが胡散臭く見えてしまう。
だから、セリフ一字一句が大事だなのである。
そこまで意識をもって作り込むかどうかは、作り手のスタンスに関わる。
物語で人を楽しませるというのは「嘘で人を楽しませること」である。観客も嘘を楽しみにきている。良い嘘を楽しみたいのである。作り手は本気で嘘をつかなくてはならない。
料理を楽しみにきている客に、シェフがどんな料理を出すのかと同じである。料理が良くてもレストランの掃除が行き届いてなかったら観客の気分を害す。
ストーリーやテーマがよくても、細部の描写が雑だと、観客の気分を害すし、その程度の作り手(店)かということになるのである。
補足:処理について
冒頭で挙げた「ホワイトハッカー設定」の件、どうすれば良かったのか?
修正のテクニックの部分である。
最高級のレストランが、最高級のもてなしをするために、万全の準備をしていても不測の自体はあるだろう。一流のレストランであれば、そういうときの対処も一流であろう。
これは作者が自分の作品に対して決めることなので、外部の人間が答えを出すことはできないが、簡単に浮かぶ対処テクニックを紹介しておく(順番は思いついた順で、優先順位ではない)。
1:「展開を変える」
この展開でなければストーリーは進まないのか再考する。もっと面白い展開はないのか?(そもそも、部下がアクセスする展開自体が面白くない)
2:「フリを入れる」
唐突に(それもアクト2に入ってから)、後付で「元ハッカー」という設定が出てくるから失笑したが、アクト1でしっかりと「元ハッカーであること」をセットアップしておけば、「ああ、そういえばそうだった」となるだけで失笑にはならない。ただ、作品の世界観やキャラの雰囲気として「元ハッカー」が馴染んでいるかどうかの考察も必要。この作品では、そもそもハッカーっぽくなかったところが失笑につながり、ゴリ押し感が目立った。
3:「流す」
全体のストーリー上、「どうやってログインしたか」は重要なことではなかったので、あえて触れない。触れなければ観客も気にしない。わざわざ「僕は元ハッカーで」と言うから悪目立ちしているのである。
4:「別の理由を考える」
元ハッカーの設定は、その後のシーンでは一切使われていないのでストーリー上、不要な設定だった。ならば、もっと別の理屈でログインできた理由をつくればいい。安直なアイデアでいえば「上司が電源を切り忘れてた」とか「パスワードが誕生日だった」とかクリシェだが、「元ホワイトハッカー」という悪目立ちよりはマシか(でも、この場合は3の「流す」の方がマシかも)。あるいは、綺麗にはまる理屈をしっかりと考える。一生懸命考えるということが創作者の努力で、スタンスの甘さに繋がる。
5:「魅力的にする」
1「展開を変える」や4「別の理由を考える」の延長ではあるが、面白い展開で「部下にログインされてしまう状況」をつくる。上司や部下のキャラにしっかりとマッチしたクリシェでない展開をつくる。3の「流す」の逆転の発想的。「どうやってログインするか?」のシークエンスを創るぐらいの可能性もありえる(ただし、この作品全体から見れば、この選択肢はないと思う)。
ざっと思いつくだけでも処理はいくらでも処理できる。
(用語解説2「ノイズ」「ブレ」「刈り込む」「流す」(文章#42)の記事でも補足しました)
こういった細かい処理を疎かにしていることは、作り手のスタンスや実力を疑われかねない。
以上。
イルカ 2025.1.10