選考作業から学んだこと⑤「コロナのネタについて」

大賞の発表が終わってから、サイトを見てくださっていた方が「やっぱり、コロナのネタが多いですね」とおっしゃっていました。

それを聞いて、調べてみたらコロナ関係の作品で二次選考以上に入っていたのはひとつしかありませんでした。

「応募ID010」のうみせりりさん作品です。

コロナではなく「伝染病」と書かれていますが、この作品では「予言できる蛙」や「聞きたい?」でおわる投げかけエンドや、語り口から想像される「僕」のキャラクターが魅力的だと思って評価していたので、実質はコロナネタとはいえないかもしれません。

選考のときに「コロナのネタは通過させないようにしよう」といった考えは皆無でした。

僕個人としては流行りものを避けるつもりは全くなくて、むしろ、現代作家は「いま」を描いていくべきだという考えをもっています。(ちなみに僕が今書いている小説も2020年3~4月の話です)

なので、コロナの話を選んでいなかったことが、むしろ意外でした。

このことに気づいたとき、改めて「いま」を描くことの難しさというものを考えました。

ここ数ヶ月、コロナ情報の目まぐるしい移り変わりは、みなさん感じていたことと思います。

国はもちろん、専門家や科学的見地すら、意見が変わって、何を信じていいかわからないような不安にかられ、今もつづいています。

答えのない中で「何を伝えるか?」

これはとても難しい問題です。

歴史上のことなら、ある程度の論がでています。

「織田信長はこういう人だった」というイメージや物語がすでにあり、それに対して反対の「実はこうだった」という新しい描きかたをするのも簡単です。

歴史学としては反論もでるかもしれませんが、フィクションでは「なるほど、おもしろいね~」ですみます。

けれど、コロナについてはどうでしょう?

下手な意見をいうと、ものすごい反発を受けるかもしれません。

「いま」に対して、意見を言うことは勇気や覚悟がいるのです。

また、テレビやネットで、コロナにまつわる、あらゆるエピソードが流れています。

事実は小説よりも奇なりという言葉があるように、ドキュメントやノンフィクションとして、それらは意味がありますが真似てフィクションにしたところで、物語としては弱いと言わざるをえません。

「いま」は描くだけでは、ただの焼き回しになってしまい、それを描く意味、作家としての視点のようなものが必要になるのだと思います。

言うまでもありませんが、「コロナのネタ」がたくさんあるということは、それだけ多くの人のこころを捉えていることでもあります。

これは過去の、戦争や自然災害でも同じですが、不安が蔓延している「いま」だからこそ、何を、どう描くべきか、書き手は向き合わなければいけないのだと思います。

緋片イルカ 2020/06/24

選考作業から学んだこと⑥「じぶんへのブーメラン」

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