脚本は「ト書きで感情描写する」と話していますが、そのことでわかりやすそうだと思った例があったので記事にまとめておきます。
まずはサンプルの脚本です。
上司は女性で40代、部下は男性の20代の新入社員としておきます。
上司「さっきの書類、数字が間違ってたから直しておいたよ」
部下「ありがとうございます」
上司「今度から気をつけてね」
これだけのセリフで、どんなイメージが浮かんだでしょうか?
たとえば部下。性別と年齢は先に限定しましたが性格や雰囲気はどうでしょう?
表情少なにロボットのようにお礼を言う朴訥な青年でしょうか?
それとも慌てて申し訳なさそうに謝る好青年でしょうか?
読む人によって印象が変わってしまいます。
想像力豊かな読者は勝手に補完して読んでくれるので、楽しんでくれるかもしれませんが、脚本としては初心者的です。
読者に委ねすぎる、特定できないということが、すでに描写として不足しているのです。
描写に曖昧さがあると、撮影現場の監督や役者に委ねることになります。
現場の読む力が優れていれば、物語全体で一貫したキャラクターとして成立するでしょうが、解釈がブレるとシーンによって性格が違う人のように見えてしまい、観客の母感情移入を阻害することになります。こういう失敗例はプロの作品でもたくさんあります(原因はいろいろだと思いますが)。
キャラクターがどういう性格で、どういう心境で、そのセリフを言っているかが伝わってくるのがしっかりと描写された脚本です。
そのためにト書きを添えるのですが、まずはわかりやすい例として絵文字で示してみます。
上司「さっきの書類、数字が間違ってたから直しておいたよ」
部下「ありがとうございます😍」
上司「さっきの書類、数字が間違ってたから直しておいたよ」
部下「ありがとうございます😭」
上司「さっきの書類、数字が間違ってたから直しておいたよ」
部下「ありがとうございます💦」
※絵文字が共通で表示されているか心配ですが。
それぞれ、性格や心情が違って見えるのではないでしょうか?
😍は恋心とまでいかないにしても「さすが先輩! すごい! 憧れます!」という心情がみえます。
😭は自分のミスを申し訳なく思う気持ちが出ていて「ああ、いつも、すいません! 今後気をつけますから許してください!」と伝えているようです。
💦は焦りが前に出ていて「すいません、やばい、どうしよう」とテンパっているようにみえます。
上記はもちろん僕の解釈ですから、違う解釈をする人もいるでしょうが、何もつかない「ありがとうございます」よりは感情が見えるということが大切なのです。
ちなみに部下は無表情で答えているのだから何も付かなくていいというのではなく、無表情なら無表情と特定できるように書くのが描写です。
上司「さっきの書類、数字が間違ってたから直しておいたよ」
部下「ありがとうございます😕」
こうなれば、読者は「この部下は、自分がミスしてるのに申し訳ないとも思わないような、こういうやつなのね」と読めるのです。
では、絵文字をト書きに変換してみましょう。
さっきの解釈を言語化するだけなので簡単です。
上司「さっきの書類、数字が間違ってたから直しておいたよ」
部下、憧れのまなざしで、
部下「ありがとうございます!」
上司「さっきの書類、数字が間違ってたから直しておいたよ」
部下、申し訳なさそうに、
部下「ありがとうございます」
上司「さっきの書類、数字が間違ってたから直しておいたよ」
部下、テンパったように、
部下「ありがとうございます」
上司「さっきの書類、数字が間違ってたから直しておいたよ」
部下、無表情のまま、
部下「ありがとうございます」
これだけで、初心者脚本は一歩脱出できるでしょう。ただし一歩です。
次に考えるべきは「憧れのまなざしで」「申し訳なさそうに」というのが映像的にどう映るかを考えることです。
これは演出の範囲と重なるので、任せるべきところは任せて曖昧に書くという方法もありますが、キャラクターのセットアップ段階や、重要なシーンでは、一つの演出例を示すのが、脚本家の役割でしょう。
人間の表情だけで感情は伝わりにくいものです。まず、このことを自覚しましょう。
それから、このシーンでは、部下は自分のミスを上司にフォローしてもらったのだから、お礼か謝罪をするというのが一般的なリアクションでしょう。とりようによってはクリシェなリアクションともいえます。
だから、😕のように「無表情でお礼を言う態度は、それだけで目立ちます。
「申し訳なさそうに」はどうでしょう?
あなたが「申し訳ない」とき、どのように表現するでしょうか?
「いかにも失敗した~」という表情をして謝るとか、直立におじぎしたり、土下座をする人もいるでしょう。
謝罪の内容や、キャラクターにもよるので(ジャンルにもよります)、一つの答えがあるわけではありません。
ただ、多くの人が、「この人は、こういう言動をとりそう」という納得があるものは、共感されやすいキャラクターとなります。
それが映像的にも面白く、的確に伝わるなら描写としてベストです。
キャラクターが物語全体でブレなく連続的に描かれていると「キャラクターアーク」となっていきます。
連続的にというのは、次のシーンだけでなく、次のセリフにも表れます。
上司「さっきの書類、数字が間違ってたから直しておいたよ」
部下、憧れのまなざしで、
部下「ありがとうございます!」
上司「今度から気をつけてね」
上司「さっきの書類、数字が間違ってたから直しておいたよ」
部下、無表情のまま、
部下「ありがとうございます」
上司「今度から気をつけてね」
最後の上司のセリフに注目してみてください。これに絵文字をつけるとしたら、何をつけますか?
もちろん、上司の性格や、日頃の部下との関係にもよります。
部下のミスはしょっちゅうあるのか、普段はミスしない子が初めてミスしたのかによっても変わります。
こういうものはすべてバックストーリーです。
(※サブテクストとも言います。参考:サブテクストからセリフを考える
セリフひとつひとつの背景を意識せずに書かれた脚本は、読む人にイメージが湧かず、イメージが湧かないので感情移入もしづらくなります。
そもそも作者が、そういうところまで意識がいっているのか?という問題があります。
日常生活から、こういった感覚が鋭い人と鈍い人がいいます。つまり、相手の気持ちを察知するような能力です。
察知が苦手な人は日常生活自体が、脚本の勉強になるでしょう。
致命的に鈍い人は、たくさんの人物を描きわける脚本より、私小説の方が向いていると言えるかもしれません。
察知はできていても、ト書きなどの書き方がまずくて、伝わりづらいという人もいるでしょう。
具体的にいえば、ト書きが多すぎるか、少なすぎるかで、どちらも読みづらくなります。
バランス感覚はたくさん書いて、たくさん見ることで、「書くべきト書き」=「物語上で重要な心情」を見極めるセンスを養うしかありません。
そもそも疎いのか、勉強や努力不足なのか、もちろん両方意識することに越したことはありません。
身近な人をよく観察し、それだけでなく、よく会話をしましょう。
たくさん人と話すことは、何より人間を知るための、手軽で一番効果的な方法だと思います。
緋片イルカ 2023.09.06