映画『ザ・ホエール』(視聴メモ)

公式サイト
https://whale-movie.jp/

感想・構成解説

「好き」5 「作品」4 「脚本」3

観るまで知らなかったが戯曲の映像化。脚本は戯曲を書いている人らしい。『ファーザー』と同じような状況。なるほどな~という脚本。どちらかというとマイナスな意味で。比較してみると、映像のつくりとして『ファーザー』の方が凝っているとは言えるがドラマを無視して観客を混乱させる遊びに走ってしまっていて、作品でみると子供騙し。『ザ・ホエール』の方がストレートにドラマに向かっていて好感は持てるが、アークは掘り下げきれていない。演劇と映像を比べたとき、演劇は「目の前で生の人間が演じている」と「フレームが広い」が大きな特徴。同じ空間にいる人間は、息づかいや温度や湿度のようなものを通して感情が伝わりやすい。同じ演劇を観たりすると、同じ役者が同じ台本で演じてるので、演技の良い悪いもよくわかる。映像ではカメラ・画面・スクリーンを隔てることで、この空気感が潰れてしまう。これを受け止められない演出家は、不用意に長回しをして空気を伝わると勘違いするが、観客にとっては「ただ長い」としか感じない。別の映像テクニックを使って伝えなくてはいけない(間、ショット、表情、ライティング、音など)。「フレームが広い」というのは、カメラでいうショット=「舞台」なので、演劇では、観客は舞台上のどこを観てもよい。喋っていない人の表情を観ていてもいいし、セットを観ていてもいい。カメラでアップにするということは「ここを観ろ!」と強制するようなもので、こういったことに違いがある。テクニックとして舞台上で注目を向けさせる、演出やセリフ回しがあるし、それを掴んでいないと、観客が混乱する。本作『ザ・ホエール』では、映像的なショットやBGMを多用していて、演劇的な演出をほとんどしていないが、脚本に戯曲のクセが残っているため、段取り臭さが払拭できない(たとえば部屋の出入りが多すぎる。出て行こうとする人を呼び止めるなどは演劇的な動き)。セットアップは滑らかで、主人公にも共感したところから始まるがキャラクターアークも描けているとは言えない。娘、宣教使、階下の看護師、妻、亡き恋人などのドラマが散らばるだけで掘り下げられず、盛りあがり切らない。明らかに脚本に原因がある。

イルカ 2023.4.17

SNSシェア

フォローする