ほっこり朗読 江戸川乱歩『怪人二十面相』(14) 二十面相の新弟子/名探偵の危急

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イルカとウマが雑談しながら朗読しています。この作品は僕たちも初見で読んでます。この先、どうなっていくのかなど推理したりツッコミを入れたりしながら楽しんでいますので、みなさんも一緒に楽しんでいただけたら嬉しいです。よかったらコメントなどで推理や感想きかせてください。

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青空文庫:江戸川乱歩『怪人二十面相』

二十面相の新弟子

 明智小五郎の住宅は、港区みなとく竜土町りゅうどちょうの閑静かんせいなやしき町にありました。名探偵は、まだ若くて美しい文代ふみよ夫人と、助手の小林少年と、お手伝いさんひとりの、質素な暮らしをしているのでした。
 明智探偵が、外務省からある友人の宅へたちよって帰宅したのは、もう夕方でしたが、ちょうどそこへ警視庁へ呼ばれていた小林君も帰ってきて、洋館の二階にある明智の書斎へはいって、二十面相の替え玉事件を報告しました。
「たぶん、そんなことだろうと思っていた。しかし、中村君には気のどくだったね。」
 名探偵は、にが笑いをうかべていうのでした。
「先生、ぼく少しわからないことがあるんですが。」
 小林少年は、いつも、ふにおちないことは、できるだけ早く、勇敢にたずねる習慣でした。
「先生が二十面相をわざと逃がしておやりになったわけは、ぼくにもわかるのですけれど、なぜあのとき、ぼくに尾行させてくださらなかったのです。博物館の盗難をふせぐのにも、あいつのかくれがが知れなくては、こまるんじゃないかと思いますが。」
 明智探偵は小林少年の非難を、うれしそうににこにこして聞いていましたが、立ちあがって、窓のところへ行くと、小林少年を手まねきしました。
「それはね。二十面相のほうで、ぼくに知らせてくれるんだよ。
 なぜだかわかるかい。さっきホテルで、ぼくはあいつを、じゅうぶんはずかしめてやった。あれだけの凶賊を、探偵がとらえようともしないで逃がしてやるのが、どんなひどい侮辱ぶじょくだか、きみには想像もできないくらいだよ。
 二十面相は、あのことだけでも、ぼくをころしてしまいたいほどにくんでいる。そのうえ、ぼくがいては、これから思うように仕事もできないのだから、どうかしてぼくをいうじゃま者を、なくしようと考えるにちがいない。
 ごらん、窓の外を。ホラ、あすこに紙芝居屋がいるだろう。こんなさびしいところで、紙芝居が荷をおろしたって、商売になるはずはないのに、あいつはもうさっきから、あすこに立ちどまって、この窓を、見ぬようなふりをしながら、いっしょうけんめいに見ているのだよ。」
 いわれて、小林君が、明智邸の門前の細い道路を見ますと、いかにも、ひとりの紙芝居屋が、うさんくさいようすで立っているのです。
「じゃ、あいつ二十面相の部下ですね。先生のようすをさぐりに来ているんですね。」
「そうだよ。それごらん。べつに苦労をしてさがしまわらなくても、先方からちゃんと近づいてくるだろう。あいつについていけば、しぜんと、二十面相のかくれがもわかるわけじゃないか。」
「じゃ、ぼく、姿をかえて尾行してみましょうか。」
 小林君は気が早いのです。
「いや、そんなことしなくてもいいんだ。ぼくに少し考えがあるからね。相手は、なんといってもおそろしく頭のするどいやつだから、うかつなまねはできない。
 ところでねえ、小林君、あすあたり、ぼくの身辺に、少しかわったことが、おこるかもしれないよ。だが、けっしておどろくんじゃないぜ。ぼくは、けっして二十面相なんかに、出しぬかれやしないからね。たとえぼくの身があぶないようなことがあっても、それも一つの策略なのだから、けっして心配するんじゃないよ。いいかい。」
 そんなふうに、しんみりといわれますと、小林少年は、するなといわれても、心配しないわけにはいきませんでした。
「先生、何かあぶないことでしたら、ぼくにやらせてください。先生に、もしものことがあってはたいへんですから。」
「ありがとう。」
 明智探偵は、あたたかい手を少年の肩にあてていうのでした。
「だが、きみにはできない仕事なんだよ。まあ、ぼくを信じていたまえ。きみも知っているだろう。ぼくが一度だって失敗したことがあったかい……。心配するんじゃないよ。心配するんじゃないよ。」

 さて、その翌日の夕方のことでした。
 明智探偵の門前、ちょうど、きのう紙芝居が立っていたへんに、きょうはひとりの乞食がすわりこんで、ほんの時たま通りかかる人に、何か口の中でモグモグいいながら、おじぎをしております。
 にしめたようなきたない手ぬぐいでほおかむりをして、ほうぼうにつぎのあたった、ぼろぼろにやぶれた着物を着て、一枚のござの上にすわって、寒そうにブルブル身ぶるいしているありさまは、いかにもあわれに見えます。
 ところが、ふしぎなことに、往来に人通りがとだえますと、この乞食のようすが一変いっぺんするのでした。今まで低くたれていた首を、ムクムクともたげて、顔いちめんの無精ぶしょうひげの中から、するどい目を光らせて、目の前の明智探偵の家を、ジロジロとながめまわすのです。
 明智探偵は、その日午前中は、どこかへ出かけていましたが、三時間ほどで帰宅すると、往来からそんな乞食が見はっているのを、知ってか知らずにか、表に面した二階の書斎で、机に向かって、しきりに何か書きものをしています。その位置が窓のすぐ近くなものですから、乞食のところから、明智の一挙きょ一動どうが、手にとるように見えるのです。
 それから夕方までの数時間、乞食はこんきよく地面にすわりつづけていました。明智探偵のほうも、こんきよく窓から見える机に向かいつづけていました。
 午後はずっと、ひとりの訪問客もありませんでしたが、夕方になって、ひとりの異様な人物が、明智邸の低い石門の中へはいっていきました。
 その男は、のびほうだいにのばした髪の毛、顔中をうすぐろくうずめている無精ひげ、きたない背広服を、メリヤスのシャツの上にじかに着て、しまめもわからぬ鳥打ち帽子をかぶっています。浮浪人ふろうにんといいますか、ルンペンといいますか、見るからにうすきみの悪いやつでしたが、そいつが門をはいってしばらくしますと、とつぜんおそろしいどなり声が、門内からもれてきました。
「やい、明智、よもやおれの顔を見わすれやしめえ。おらあお礼をいいに来たんだ。さあ、その戸をあけてくれ。おらあうちの中へはいって、おめえにもおかみさんにも、ゆっくりお礼が申してえんだッ。なんだと、おれに用はねえ? そっちで用がなくっても、こっちにゃ、ウントコサ用があるんだ。さあ、そこをどけ。おらあ、きさまのうちへはいるんだ。」
 どうやら明智自身が、洋館のポーチへ出て、応対しているらしいのですが、明智の声は、聞こえません。ただ浮浪人の声だけが、門の外までひびきわたっています。
 それを聞くと、往来にすわっていた乞食が、ムクムクとおきあがり、ソッとあたりを見まわしてから、石門のところへしのびよって、電柱でんちゅうのかげから中のようすをうかがいはじめました。
 見ると、正面のポーチの上に明智小五郎がつっ立ち、そのポーチの石段へ片足かけた浮浪人が、明智の顔の前でにぎりこぶしをふりまわしながら、しきりとわめきたてています。
 明智は少しもとりみださず、しずかに浮浪人を見ていましたが、ますますつのる暴言に、もうがまんができなくなったのか、
「ばかッ。用がないといったらないのだ。出ていきたまえ。」
と、どなったかと思うと、いきなり浮浪人をつきとばしました。
 つきとばされた男は、ヨロヨロとよろめきましたが、グッとふみこたえて、もう死にものぐるいで、「ウヌ!」とうめきざま、明智めがけて組みついていきます。
 しかし、格闘となってはいくら浮浪人がらんぼうでも、柔道じゅうどう三段の明智探偵にかなうはずはありません。たちまち、腕をねじあげられ、ヤッとばかりに、ポーチの下の敷石の上に、投げつけられてしまいました。男は、投げつけられたまま、しばらく、痛さに身動きもできないようすでしたが、やがて、ようやく起きあがったときには、ポーチのドアはかたくとざされ、明智の姿は、もうそこには見えませんでした。
 浮浪人はポーチへあがっていって、ドアをガチャガチャいわせていましたが、中から締まりがしてあるらしく、おせども引けども、動くものではありません。
「ちくしょうめ、おぼえていやがれ。」
 男は、とうとうあきらめたものか、口の中でのろいのことばをブツブツつぶやきながら、門の外へ出てきました。
 さいぜんからのようすを、すっかり見とどけた乞食は、浮浪人をやりすごしておいて、そのあとからそっとつけていきましたが、明智邸を少しはなれたところで、いきなり、
「おい、おまえさん。」
と、男に呼びかけました。
「エッ。」
 びっくりしてふりむくと、そこに立っているのは、きたならしい乞食です。
「なんだい、おこもさんか。おらあ、ほどこしをするような金持じゃあねえよ。」
 浮浪人はいいすてて、立ちさろうとします。
「いや、そんなことじゃない。少しきみにききたいことがあるんだ。」
「なんだって?」
 乞食の口のきき方がへんなので、男はいぶかしげに、その顔をのぞきこみました。
「おれはこう見えても、ほんものの乞食じゃないんだ。じつは、きみだから話すがね。おれは二十面相の手下のものなんだ。けさっから、明智の野郎の見はりをしていたんだよ。だが、きみも明智には、よっぽどうらみがあるらしいようすだね。」
 ああ、やっぱり、乞食は二十面相の部下のひとりだったのです。
「うらみがあるどころか、おらあ、あいつのために刑務所へぶちこまれたんだ。どうかして、このうらみを返してやりたいと思っているんだ。」
 浮浪人は、またしても、にぎりこぶしをふりまわして、憤慨するのでした。
「名まえはなんていうんだ。」
「赤井寅三あかいとらぞうってもんだ。」
「どこの身うちだ。」
「親分なんてねえ。一本立ちよ。」
「フン、そうか。」
 乞食はしばらく考えておりましたが、やがて、何を思ったか、こんなふうに切りだしました。
「二十面相という親分の名まえを知っているか。」
「そりゃあ聞いているさ。すげえ腕まえだってね。」
「すごいどころか、まるで魔法使いだよ。こんどなんか、博物館の国宝を、すっかりぬすみだそうという勢いだからね……。ところで、二十面相の親分にとっちゃ、この明智小五郎って野郎は、敵も同然なんだ。明智にうらみのあるきみとは、おなじ立ち場なんだ。きみ、二十面相の親分の手下になる気はないか。そうすりゃあ、うんとうらみが返せようというもんだぜ。」
 赤井寅三は、それを聞くと、乞食の顔を、まじまじとながめていましたが、やがて、ハタと手を打って、
「よし、おらあそれにきめた。兄貴、その二十面相の親分に、ひとつひきあわせてくんねえか。」
と、弟子入でしいりを所望しょもうするのでした。
「ウン、ひきあわせるとも。明智にそんなうらみのあるきみなら、親分はきっと喜ぶぜ。だがな、その前に、親分へのみやげに、ひとつ手がらをたてちゃどうだ。それも、明智の野郎をひっさらう仕事なんだぜ。」
 乞食姿の二十面相の部下は、あたりを見まわしながら、声をひくめていうのでした。

名探偵の危急

「ええ、なんだって、あの野郎をひっさらうんだって、そいつあおもしれえ。ねがってもないことだ。手つだわせてくんねえ。ぜひ手つだわせてくんねえ。で、それはいったい、いつのことなんだ。」
 赤井寅三は、もうむちゅうになってたずねるのです。
「今夜だよ。」
「え、え、今夜だって。そいつあすてきだ。だが、どうしてひっさらおうというんだね。」
「それがね、やっぱり二十面相の親分だ、うまい手だてを工夫したんだよ。というのはね、子分のなかに、すてきもねえ美しい女があるんだ。その女を、どっかの若い奥さんにしたてて、明智の野郎の喜びそうな、こみいった事件をこしらえて探偵をたのみに行かせんだ。
 そして、すぐに家をしらべてくれといって、あいつを自動車に乗せてつれだすんだ。その女といっしょにだよ。むろん自動車の運転手も仲間のひとりなんだ。
 むずかしい事件の大すきなあいつのこった。それに、相手がかよわい女なんだから、ゆだんをして、この計画には、ひっかかるにきまっているよ。
 で、おれたちの仕事はというと、ついこの先の青山墓地あおやまぼちへ先まわりをして、明智を乗せた自動車がやってくるのを待っているんだよ。あすこを通らなければならないような道順にしてあるんだ。
 おれたちの待っている前へ来ると、自動車がピッタリとまる。するとおれときみとが、両がわからドアをあけて、車の中へとびこみ、明智のやつを身動きのできないようにして、麻酔剤をかがせるというだんどりなんだ。麻酔剤もちゃんとここに用意している。
 それから、ピストルが二丁あるんだ。もうひとり仲間が来ることになっているもんだから。
 しかし、かまやしないよ。そいつは明智にうらみがあるわけでもなんでもないんだから、きみに手がらをさせてやるよ。
 さあ、これがピストルだ。」
 乞食に化けた男は、そういって、やぶれた着物のふところから、一丁のピストルをとりだし、赤井にわたしました。
「こんなもの、おらあうったことがねえよ。どうすりゃいいんだい。」
「なあに、弾丸たまははいってやしない。引き金に指をあててうつようなかっこうをすりゃいいんだ。二十面相の親分はね、人殺しが大きらいなんだ。このピストルはただおどかしだよ。」
 弾丸がはいっていないと聞いて、赤井は不満らしい顔をしましたが、ともかくもポケットにおさめ、
「じゃ、すぐに青山墓地へ出かけようじゃねえか。」
と、うながすのでした。
「いや、まだ少し早すぎる。七時半という約束だよ。それより少しおくれるかも知れない。まだ二時間もある。どっかで飯を食って、ゆっくり出かけよう。」
 乞食はいいながら、小わきにかかえていた、きたならしいふろしき包みをほどくと、中から一枚の釣つり鐘がねマントを出して、それをやぶれた着物の上から、はおりました。
 ふたりが、もよりの安食堂で食事をすませ、青山墓地へたどりついたときには、トップリ日が暮れて、まばらな街燈のほかは真しんのやみ、お化けでも出そうなさびしさでした。
 約束の場所というのは、墓地の中でももっともさびしいわき道で、宵よいのうちでもめったに自動車の通らぬ、やみの中です。
 ふたりはそのやみの土手に腰をおろして、じっと時のくるのを待っていました。
「おそいね。第一、こうしていると寒くってたまらねえ。」
「いや、もうじきだよ。さっき墓地の入り口のところの店屋の時計を見たら七時二十分だった。あれからもう十分以上、たしかにたっているから、今にやってくるぜ。」
 ときどきポツリポツリと話しあいながら、また十分ほど待つうちに、とうとう向こうから自動車のヘッド・ライトが見えはじめました。
「おい、来たよ。来たよ、あれがそうにちがいない。しっかりやるんだぜ。」
 案のじょう、その車はふたりの待っている前まで来ると、ギギーとブレーキの音をたててとまったのです。
「ソレッ。」
というと、ふたりは、やにわに、やみの中からとびだしました。
「きみは、あっちへまわれ。」
「よしきた。」
 二つの黒い影は、たちまち客席の両がわのドアへかけよりました。そして、いきなりガチャンとドアをひらくと客席の人物へ、両方からニューッと、ピストルの筒口をつきつけました。
 と同時に、客席にいた洋装の夫人も、いつのまにかピストルをかまえています。それから、運転手までが、うしろ向きになって、その手にはこれもピストルが光っているではありませんか。つまり四丁のピストルが、筒先をそろえて、客席にいる、たったひとりの人物に、ねらいをさだめたのです。
 そのねらわれた人物というのは、ああ、やっぱり明智探偵でした。探偵は、二十面相の予想にたがわず、まんまと計略にかかってしまったのでしょうか。
「身動きすると、ぶっぱなすぞ。」
 だれかがおそろしいけんまくで、どなりつけました。
 しかし、明智は、観念したものか、しずかに、クッションにもたれたまま、さからうようすはありません。あまりおとなしくしているので、賊のほうがぶきみに思うほどです。
「やっつけろ!」
 低いけれど力強い声がひびいたかと思うと、乞食に化けた男と、赤井寅三の両人がおそろしい勢いで、車の中にふみこんできました。そして、赤井が明智の上半身をだきしめるようにしておさえていると、もうひとりは、ふところから取りだした、ひとかたまりの白布しろぬののようなものを、手早く探偵の口におしつけて、しばらくのあいだ力をゆるめませんでした。
 それから、やや五分もして、男が手をはなしたときには、さすがの名探偵も、薬物の力にはかないません。まるで死人のように、グッタリと気をうしなってしまいました。
「ホホホ、もろいもんだわね。」
 同乗していた洋装婦人が、美しい声で笑いました。
「おい、なわだ。早くなわを出してくれ。」
 乞食に化けた男は、運転手から、ひとたばのなわを受けとると、赤井に手つだわせて、明智探偵の手足を、たとえ蘇生そせいしても、身動きもできないように、しばりあげてしまいました。
「さあ、よしと。こうなっちゃ、名探偵もたわいがないね。これでやっとおれたちも、なんの気がねもなく仕事ができるというもんだ。おい、親分が待っているだろう。急ごうぜ。」
 ぐるぐる巻きの明智のからだを、自動車の床にころがして、乞食と赤井とが、客席におさまると、車はいきなり走りだしました。行く先はいわずと知れた二十面相の巣くつです。

次の回へ(2021/01/18 21時更新)

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