文章添削5「描写」

今回は描写の重要性について考えていきます。
脚本では「語るな、見せろ」という格言があります。例文でその違いを見てみましょう。

例文1
 男は少年に拳銃を見せて、
男「まずはこの安全装置をさげる。それから両手でしっかり握って構える。狙いを定めて、引き金を引く。簡単だろ?」
 男、拳銃を渡す。

例文1のようなものを説明ゼリフといって、悪い脚本の典型です。脚本を書くときにどういう映像を映すのかという想像ができていなかったり、作者が知らなかった知識を調べてきて、リアリティを持たせるつもりで一生懸命に説明しようとすると、こんなセリフを書いてしまいます。

例文2
 男は少年に拳銃を見せて、撃ち方を説明してから、女に手渡す。

あたりまえですが、脚本ではこんな風に省略してしまうのもNGです。セリフを省略したようで、実際は「説明」の部分を演出家か役者が作らなくてはいけないので脚本の仕事放棄です。

例文3
 男は女に拳銃を見せて、
男「いいか」
 男、拳銃の撃ち方をリズミカルに見せながら、
男「1、2、3でバン。簡単だろ?」
 男、拳銃を渡す。
男「ああ、そうそう。撃つときは目を閉じるなよ。あたらなかったらもう一発ぶちかませ」

セリフで「1、2、3」と数えながら、安全装置を下げる、しっかり構える、狙いを定めるという動作を映像で見せる。こういうのが「語るな、見せろ」です。
脚本では「セリフで語るな、映像で見せろ」ですが、小説で言い替えるなら「説明するな、描写しろ」となります。

例文4
「ユウヤ、もしかして浮気してる?」
「そ、そ、そんな訳ないじゃないか」
 ユウヤは動揺しながらコーヒーを飲んだ。

浮気を疑われて、男の動揺をどう「見せるか」がポイントですが、この例文ではよくない点が2つあります。

1つめは「そ、そ、そんな」というセリフ。
こういうセリフ回しはマンガやラノベでは許されますが、リアルな描写としてはありえません。実際にこんな風に動揺を表す人を見たことないと思います。つくりもののキャラクターっぽさが出てしまいます。お笑いのコントのようになってしまいます。

2つめは「動揺しながら」という表現。
これも書き慣れていない人がつい「説明してしまう」文章です。三人称視点とはいえ、人物の内面を説明するのはルール違反という考え方もありますし、そこは見逃すとしても、文章に拘るべき小説表現としては未熟といえます。「動揺した」と書いてしまうことで、読者には間違いなく「ユウヤが動揺している」ことは伝わりますが、そこでおわってしまいます。これは説明しているだけなのです。

例文5
「ユウヤ、もしかして浮気してる?」
「そんな訳ないじゃないか」
 ユウヤが珈琲を飲む。その手はかすかに震えていた。

「動揺した」という代わりに「動揺している動作」を書きました。これが描写です。こっちの方が何故よいのかと言うと映像が浮かびやすいからです。動揺した時に、どういう反応をするかは人によります。キャラクターによります。その描き分けができるのです。例えば、

例文6
「ユウヤ、もしかして浮気してる?」
「そんな訳ないじゃないか」
 ユウヤの声は九官鳥のように裏返っていた。

とかでもいいのです。ユウヤのリアクション次第で彼の性格が見え隠れします。手が震えるユウヤでは動揺を隠そうとする性格、声が裏返るユウヤは隠せない性格がでます。こんな風にキャラクターのリアクションを書くことが描写の意義の一つです。
読者は「あ、こいつ、動揺してるな」と映像を想像します。この繰り返しでリアリティが出てきます。物語に能動的に参加してもらうことは読書の楽しみでもあります。ご丁寧に「ユウヤは動揺してるよ」などと説明されても、知人の噂ばなしならともかく、空想のキャラクターの浮気話を聞かされても興味は持てません。キャラクターにリアリティを感じてもらうことで、読者のそのキャラの動向に興味をもってもらえるようになります(それはテレビで見る有名人の感覚にも近いかも知れません。実際には一度も会ったことない人を好感をもったり、スキャンダルを気にしたりしてしまうのです)

「説明するな、描写しろ」なのです。

三人称視点で書かれているときは客観的に見えるもの、聞こえるもの(物音や音楽など)を中心に描写することになります。その点では脚本のト書きのルールに似ています。一人称視点では別の感覚を使った描写も可能です。(※視点についてはこちらを)

例文7
「ユウヤ、もしかして浮気してる?」
 まさかバレたのか? いや、ありえない。
「そんな訳ないじゃないか」
 俺は冷静に答えた。耳が熱い。背中を流れる汗。シャツが張りついて気持ちわるい。

三人称では視覚と聴覚での描写が中心ですが、一人称では汗や体温といった触覚も描きやすくなります。また、思考や感情といった内面描写も描けます。これらによって、動揺している主人公に身体的な共感が起こり、読書の楽しみをつくります。ちなみに「冷静を装って答えた」と書いてしまうと客観視点になってしまいます。あくまでユウヤ=俺が冷静に答えたつもりなら、それでよいのです。それでも耳や汗で動揺しているのは読者にはわかります。(とはいえ、ここはもっとうまい表現がある気がします)

このように「説明するな、描写しろ」は基本ですが、描写を重ねると文字数はどんどん増えていきます。

例文8
「ユウヤ、もしかして浮気してる?」
 彼女と目が合う。まっすぐと俺をみてやがる。どうしてバレた? スマホか? いや、ありえない。しっかりロックしてあったはず。それならシンヤのやつか? あいつなら俺を裏切るかもしれない。
「そんな訳ないじゃないか」
 俺は冷静に答えた。耳が熱い。汗が玉になって背中を流れてシャツに染みこんだ。胸くそ悪い。

不必要な描写はストーリーの進行を止めます。浮気してるかを聞かれて、答えるまでに間があったようにも見えます。文章量で時間感覚もコントロールしなくてはいけませんん。
同様に、このシーン自体がストーリー全体からみて重要でないのであれば、説明で済ませてしまうことも可能です。たとえば「彼女に浮気がバレてふられて、その帰り道に猫を拾い、その猫との生活」がメインストーリーで、彼女はこれ以降のシーンで登場しないのであれば、「彼女と別れた帰り道だった。」と猫と会うところから書き始めてしまえばいいのです。その取捨選択は構成力に関係してきます。(構成については「プロットを考える」シリーズを)

「説明するな、描写しろ」は重要なシーンのことであって、すべてを描写してはいけないのです。メリハリをつけて、説明でストーリーを前に進めることも大切なのです。

ご意見、ご質問などありましたら何でもコメント欄にどうぞ。

(緋片イルカ2019/02/05)

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