脚本作法9:セリフの名前表記について

ライターズルーム内で話題に出た内容を、まとめておきます。

人物表に山田太郎(56)会社員とあった場合、脚本上で、名字と名前どちらで書くか?という疑問についてです。

つまり、次のどちらが良いか?ということです。

山田「はじめまして」

太郎「はじめまして」

結論を先にいえばケースバイケースです。ストーリーに合わせて「読みやすいように」「混乱しないように」工夫するのが基本です。

スクールやコンクールでは……

一般的なルールでは「男性は名字、女性は名前」と言われます。スクールなどでも、そう指導されていることが多いと思います。

たとえば、山田太郎(男)、田中花子(女)が出てきたら、

山田「こんにちは」
花子「こんにちは」

となります。

昭和の名残りでしょうが、男性は職場のシーン、女性は家庭でのシーンが多いストーリーであれば、自然とそれが読みやすさに繋がっているということもあったのでしょう。

時代錯誤ですし、スクールの指導も今は変わってるかもしれません。

コンクール応募などでは、とりあえず「男性は名字、女性は名前」に従っておけば良いともいえますが、従いすぎて読みにくくなる場合は変えた方が良いでしょう。

途中で「ん? このキャラ誰だっけ?」なんて、読み返させるような脚本は書き方が悪いといえます。

「ちゃんと人物表に書いてあります」という態度は作者の奢りです。

大作家先生の脚本なら読み解くしかないでしょうが、下読みの人(コンクールで一次審査する人。テレビ局の新人DやADさんも入るとか)にとっては「読みにくい。下手だな。没」で終わりでしょう。

ストーリーが面白ければ、多少書き方が悪くても評価してもらえるでしょうが、読みづらい脚本はそもそもストーリーが入ってこなくなるのです。

脚本は小説以上に「読み心地」が重要です。映像を見るようにスラスラと読めないとシーンが浮かんでこないのです。

「面白さ=10、読みやすさ=1」の作品と「面白さ5、読みやすさ=10」の作品であれば、前者が評価されるかもしれません。

作家としてはオリジナルストーリーの面白さを追求することが一番重要ではあります。

ですが、原作の脚色も多く、映像処理(つまり撮影や演出)をするための設計図である脚本では、読みやすさとしての技術の影響力が大きくなります。

コンクールでは「面白さ=10、読みやすさ=1」の作品は埋もれてしまう可能性がありますが、「面白さ=5、読みやすさ=10」の作品は、どこかで見たような内容でも、読み心地がよくてスルスルと選考を通過していける可能性があります。

ただし、受賞までいくには面白さで7とか8とかが必要です。

一次、二次と選考を重ねるにつれて、残っている候補作はそれなりに読みやすく、選考中は何度も同じ脚本が読まれるわけです。

読みやすさは第一印象みたいなものです。

最初は「イケメン!」と思っても、付き合ってみたら「中身が薄っぺらくて飽きてしまう」なんてこともあるのではないでしょうか。

人格がすばらしくても、寝癖がついて悪臭を放っているような男性では、人格が伝わるまで付き合ってもらえる可能性が下がってしまうでしょう。

読みやすさだけではダメだけど、それなりに重要でもあるのです。

話が逸れました。

「第一印象」を良くするために、名前表記をどう工夫したら良いかをみていきましょう。

メインテーマで考える

ライターズルームでは一般的な脚本ルールより、現場的な感覚を優先しています。

脚本は「撮影上の設計図」であるので、スタッフが読みやすいのが一番です。

セリフ、ト書きにおける名前の表記では「すぐに誰かわかる」「混乱しない」が大切でしょう。役者さんからしたら、自分のセリフの見つけやすさに繋がります。

言うまでもありませんが山田太郎、山田花子が登場したら区分ける必要があります。

一般ルールであれば「山田」と「花子」になるでしょう。

では『クレヨンしんちゃん』だったら?

野原しんのすけ
野原みさえ
野原ひろし

「しんのすけ」と「みさえ」は作中でも呼ばれますので良いでしょうが「ひろし」はどうでしょう?

野原「しんのすけ、父ちゃんが人生で 一番幸せだと思ったのは、お前とひまわりが生まれた時だ」

ひろし「しんのすけ、父ちゃんが人生で 一番幸せだと思ったのは、お前とひまわりが生まれた時だ」

ルール通り「野原」と書いてあるより「ひろし」と書いてある方が映像が浮かびませんか?

こんなDVDがあるぐらい「野原ひろし」は「ひろし」なのです。「しんちゃんのパパ」ではないのです。

『ドラえもん』になると事情が変わります。

野比のび太
野比のび助
野比玉子

のび太はもちろん「のび太」ですが、

玉子「のび太。今日という今日は許しませんからね」

「玉子? 誰だっけ?」ってなりますね。ここは普通に「ママ」で良いでしょう。

やはり「パパ・ママ編」です。「のび助・玉子編」ではないのです。

2つのアニメの違いは、メインストーリーの違いとも言えるでしょう。

『クレヨンしんちゃん』は「しんのすけを含む野原家」を中心としたストーリーですが、

『ドラえもん』は「ドラえもんとのび太含む子供たち」が中心です。

主人公「のび太」の視点に立てば「玉子」ではなく「ママ」なのです。

ここまで書けば『サザエさん』では、どう書くか言うまでありませんね。

もっとも、長期アニメの現場であれば、こんなこと悩まずとも、表記はルールとして徹底されていると思いますが。

※野比玉子を「ママ」としたら、ジャイアンの母親が出てきたときにはどうするのか?と思う人がいるかもしれません。最初に言ったように「ケースバイケース」なので、ルールを覚えるのではなく本質をつかむようにすれば、自ずと答えはでるはずです。

あだ名について

前の項を理解していただければ、言うまでもありませんが、

剛田「おまえのものはおれのもの。おれのものも、おれのもの……な」

骨皮「うちのパパ、えらいんだぞ。社長だぞ」

こんな書き方ではイメージが浮かびませんね。ジャイアン、スネ夫にして欲しいところです。

細かいことが不安な人のために丁寧に解説すると……

「人物表」には

剛田武(ジャイアン)(10)

剛田武(10)のび太のクラスの乱暴者、あだ名はジャイアン

などと書いておけば構わないでしょう。ここには、それほどルールはありません。

ちなみに「人物表」は料理レシピでいう「材料一覧」みたいなものです。わかりやすさのために添える資料に過ぎません。

「人物表」に書いてあれば伝わると思ってはいけません。前提にしてはいけないのです。

レシピでも、作り方を説明する段階では改めて「ここで牛乳200mlを入れます」と書きます。

脚本本文の初登場時点で「剛田武(以降、ジャイアンと表記)」などと書くと良いでしょう。

また、そもそも「剛田武」という名前が、作中で一度も呼ばれないのであれば「ジャイアン(10)」だけでいいでしょう。

ジャイアンの本名がストーリーに関係ないのであれば、本名など設定に過ぎないのです。ましてや「ジャイ子の兄ということからジャイアンと呼ばれている」など設定資料レベルです。

あくまで「誰が主人公で、何のストーリーなのか?」(視点)をつかんで、読みやすいように書いてあげることが大切です。

ネーミングセンスを身につける

名前表記の問題はルール以前に「ネーミングセンス」や「キャラクターの魅力」が問われています。

登場人物に似たような名前が多ければ、ルールが統一されていても読む方は混乱します。

山田「俺はブレンドコーヒー、お前は?」
田中「俺はアイス」
山本「俺はケーキセット。チーズケーキにブレンドで」
店員「かしこまりました」
(※中略。しばらく会話をしてから店員が料理をもってくる)
 店員、山田の前にチーズケーキとブレンド、田中の前にアイスコーヒー、山本の前にブレンドを置く。
 山田、チーズケーキを食べようとして、
山本「おい!」

わかりづらい脚本を書いてみました。山本はどうして「おい!」と言ってるか、伝わりましたか? すらすらは読めなかったと思います。

一応、説明すると、山本が注文したチーズケーキを店員が間違えて山田の前に置いて、さらに山田がそれを食べようとしたから、山本が「おい!」と言ったのです。

きちんと読めば、そう書いてありますが、こんな脚本は読む気が失せます。

まず、名前が読みづらいのが明らかな原因です。変えてみましょう。

織田「俺はブレンドコーヒー、お前は?」
豊臣「俺はアイス」
徳川「俺はケーキセット。チーズケーキにブレンドで」
店員「かしこまりました」
(※中略。しばらく会話をしてから店員が料理をもってくる)
 店員、織田の前にチーズケーキとブレンド、豊臣の前にアイスコーヒー、徳川の前にブレンドを置く。
 織田、チーズケーキを食べようとして、
徳川「おい!」

少しは読みやすいですか?

あえて、有名な名字にすることでイメージが湧きやすくなったと思いますが、反面、武将感が出てしまっています。

織田だけならともかく、豊臣や徳川まで出てきたら、意図的なのは明白です。

ネーミングだけで、キャラクターの印象が変わってしまうことは意識しなければいけません。

また、名前を変えても読みづらさは改善していません。ト書きの問題があるので、一度、修正してみます。

織田「俺はブレンドコーヒー、お前は?」
豊臣「俺はアイス」
徳川「俺はケーキセット。チーズケーキにブレンドで」
店員「かしこまりました」
(※中略。しばらく会話をしてから店員が料理をもってくる)
 店員、間違えて織田の前にチーズケーキとブレンドを置く。
 織田、わかっていてチーズケーキを食べようとして、
徳川「おい!」

このようにすれば「何が起きているのか」は伝わります。

最後のセリフを、

徳川「おい! それ、俺が注文したチーズケーキ!」

なんて言わせてしまうと説明ゼリフになってしまいます。

映像で考えるようにしてください。

店員が間違えておいたときに「徳川の(あ、間違えてる)という表情」を映したり「織田がわかってて食べるにやけ顔」などを見せれば「何が起きているか」が映像的に伝わります。

そこへ「それ、俺が注文したチーズケーキ!」まで言わせてしまうと、映像としてはくどくて説明的になってしまうのです。

わかりづらいのは書き方というより、映像が浮かんでいないせいなのです。

映像が浮かんでいるなら、それをト書きとしてきちんと書けばいいでしょう。

織田「俺はブレンドコーヒー、お前は?」
豊臣「俺はアイス」
徳川「俺はケーキセット。チーズケーキにブレンドで」
店員「かしこまりました」
(※中略。しばらく会話をしてから店員が料理をもってくる)
 店員、間違えて織田の前にチーズケーキとブレンドを置く。
徳川「!」
 織田、にやけ顔でチーズケーキを食べようとして、
徳川「おい!」

少しト書きを添えるだけで、徳川と織田の関係性が見えてきました。織田は徳川に対して「いたずなら態度をとれる関係」ということです。

力関係が違えば、店員が間違えてケーキを置いても、織田はすっと徳川の前に戻すかもしれません。

こういった「キャラクター描写」をすることが大切です。

「描写」がなければ、どんなに奇抜なネーミングにしても、キャラのラベルが目立つだけで魅力的にはなりません。

性別不明、読み方もわからないような奇抜な名前をつけても悪目立ちするだけですし、「~なのだ」「~じゃ」など語尾に特徴をつけてキャラを作ろうとするのは安直です(※もちろん、こういうのが効果的な場合もあります)。

裏を返せば「描写」ができれば、地味な名前でも見分けがつきます。

山田「俺はブレンドコーヒー、お前は?」
杉下「えっと……」
 堤、割りこんで、
堤「ケーキセットでアップルパイ……あ、やっぱチーズケーキにしよっかな……」
山田「チーズケーキがいいよ」
堤「じゃあそれで。飲み物はブレンド」
山田「お前は?」
杉下「んん……アイスコーヒー」
店員「ミルクとガムシロップはお付けますか?」
杉下「えっと……」
山田「両方、お願いします」
店員「かしこまりました」
(※中略。しばらく会話をしてから店員が料理をもってくる)
 店員、間違えて山田の前にチーズケーキとブレンドを置く。
堤「!」
 山田、にやけ顔でチーズケーキを食べようとして、
堤「おい!」
 二人を見て笑っている杉下。

あまり意味のない会話ではありますが、それぞれのキャラクター性が少し出ていると思います(即興なので大した魅力はありませんと言い訳しておきます)。

こじつけではありますが「山田」の山という漢字からどっしりと印象、「杉下」の下は3人の中で力関係が弱い印象、「堤」はあえて一文字にすることで会話上の読みやすさを狙いました。

これだけで、山から「どっしりした体格」とか、杉で「背が高いひょろっとした体格」まで想像してもらえるとは思いませんが、イメージしてもらいたければ、またト書きを一行添えればいいのです。

無駄な会話のようで「キャラクターのセットアップ」という役割を果たすのであれば、無駄にはなりません。

ただし、セリフにリアリティがあって面白い会話をしていても、ストーリーが進まないのであれば別の問題が生じます。

「描写」だけでなく「構成」も重要なのはご承知でしょう。

描写が増えれば、文章量=使う時間が増えます。構成のズレに繋がります。

しっかり「描写するべきシーン」なのか、ただ思い付きで描写しているだけか、見分けなくてはいけません。

名前表記の話から踏みこんだ話になりましたが「ネーミングセンス」と「キャラクター描写」は密接な関わりがあることを理解してください。

それぞれのキャラクターの魅力がつかめてくれば、自然と性格が出てきますし、そうすれば名字で呼ぶか、名前で呼ぶか、あだ名で呼ぶか、そんなことは自ずと決まってきます。

ルールにとらわれて、物語の本質を見失わないようにご注意ください。

緋片イルカ 2023.6.11

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