小松左京と聞いて知っていた作品は『日本沈没』しかなくて、大仰なエンタメSFを書く人なのかと思っていました。
その考えが変わったのは高橋源一郎さんの講演会で「戦争をはなかった」のあらすじを聞いたことでした。さらにNHKの100de名著でもこの短編がとりあげられていました。
以下に引用しながら、あらすじをご紹介します。
物語は、旧制中学時代の同窓会から始まります。
酒は強い方だったが、その場の雰囲気の方が彼を酔わせた。(中略)いろんなことが脈絡もなく思い出されてきた。――ざあっと空気をふるわせる焼夷弾の絨毯攻撃、眼も鼻もあけられないほどごうごうと吹きまくる、火と熱い灰のつむじ風、焼けあとの泉水の中で、きれいな顔をして死んでいった赤ン坊、道を歩いていた彼らをはっきりとねらっておそいかかり、二〇ミリ機銃の猛烈な掃射をあびせたグラマンの、油切ったプロペラ・スピナー、豆ばかり食って、教師や上級生や軍人になぐられ、旋盤の熱い切り粉で眼球を削られながら、竹槍特攻で死ぬ気でいたやせこけた中学生たち……そんな記憶に、もっと酔いしれるためか、おいはらうためか、彼はまたもグイグイ飲んだ。
戦時中の記憶が蘇り、感極まった彼は軍歌を歌いはじめます。
命一つとひきかえに、千人万人切ってやる……
空襲も最高潮に達した昭和二十年の終戦直前、ラジオが流しはじめた「切り込み特攻隊」の歌である。
「おい、よせよ」と誰かが酔っぱらった声でどなった。「なんだ、その歌は」
(中略)
「おい、お前も歌えよ」彼は、横にいた男の腕をつかんで立たせようとした。
「知らんよ、そんな歌……」
その歌を、その場にいた誰もが知りませんでした。
「おい、お前、おれをからかう気か?(中略)戦争中、お前が予科練にはいる時、おれたちみんな、駅へ送りに行ってやったじゃないか。――お前は、真珠湾水中攻撃隊のまねをして、行ってまいります、といわないで、行きます、といった」
「いったい何の話だ?(中略)何をいっているのか、さっぱりわからん。戦争中って……いつの戦争だ」
軍歌だけではなく戦争自体を、誰も覚えていないのでした。
「戦争を忘れたのか! あの大東亜戦争を……」
翌日、彼は妻に尋ねます。
「お前、戦争中は小学生だったな?」
「戦争中?」妻はびっくりしたように彼を見た。「戦争中って――何のこと?」
「お前、小学生の時、学童疎開をしただろう」
「学童……なにをしたですって?」
妻も覚えていません。
その後、書店へ行って戦争に関する書籍を探すが見つかりません。
大東亜戦争はなかったということである!
すくなくとも、そこに書かれている歴史の中に、一九三〇年代から四〇年代へかけて、世界の人をまきこんだあの大戦争は存在していなかった――単に記録に存在しない、というこだけでなく、彼の友人たちの、彼の妻の、彼らの人生の中で、まったく体験されていない、ということによっても、それは、歴史的事実として、存在しなかったと思われる。
これはいったいどうしたことだろう?
あの時期に戦争がなかったとすれば、そこから歴史は大きくわかれ、決してこういった社会になっていなかった、と思われるからである。世の中が、もっとちがったものになっているはずだ――にもかかわらず、現実は、彼の昔から知っている社会とちっともちがっていない。街の様子も、妻子も、友人も、彼の日常生活の連続……ただちがっているのは、この社会が、二十三年前のあの戦争を経験していない、ということだけだ。
彼は新聞社の友人に言われます。
「現実は、そんな大戦争がなくても、そういう風になったんだ。それでいいじゃないか」
彼は広島まで足をのばします。
彼の記憶では原爆記念館だった建物の中は、単なる美術館になっており、原爆ドームはなかった。被災者住宅街は、ただの陋屋群になっていた。あとかたもない焼野原になったはずの旧市街は、一部のこっており、一部は火事でやけ、一部は都市計画で撤去されたという返事をもらった。――二十万の命をうばい、日本人の胸底に名状しがたい傷跡をのこしたあの惨事は、誰も知らなかった。――二十年八月六日の、あの原爆投下はなかったのである。
彼は次第に、まちがっているのは自分ではないか、と思いはじめた。――いわば「風化」ともいうべき現象である。
そして妻に言われます。
――二十何年も前に戦争があったかなかったか、なんてことはどうでもいいじゃないの。戦争があってもなくても、今の生活の方はおなんじなんでしょ? 家を買う手金は打っちゃったし、昔の戦争がどうこういうことより子供たちのために、現在のこと、これから先のことを少し考えてくれなくては、こまっちゃうわ
記憶を一人の胸にたたんで、他の人々と同じようにふるまい、これまで通りつきあって行けば、すべてはまるくおさまる……。どっちにしても、それは「すんでしまった」ことであり、たとえ彼の記憶の方が正しくて、本当に戦争があったことが、みとめられても、今さら何がどうかわるものでもない。
――とすれば、戦争があったかなかったか、いまさらいいたてても詮ないことではないか?いや、そんなことはない! 夜半、突如として寝床の上にはね起きて、彼は歯嚙みしながら心に叫んだ。
戦争をなかったことになどできない。それは作者自身の叫びのように聞こえます。
それが次につづく、執拗な描写に表れています。長文ですがあえて引用します。
夢とも思えぬ夢の中の轟々と燃えたける火焔と煙と熱い灰のむこうにひびく、焼け死んで行く何万人、何十万人の人々の、遠い阿鼻叫喚を彼ははっきりきいた。一万メートルの清澄の高空から、金属に包まれた業火を、無差別に、機械的にふりまくものたちと、地上で焔にまかれ、高熱のゼリー状ガソリンにまといつかれて火の踊りを踊りくるい、つむじ風にまい上るトタン板に首をきりさかれる人たち、髪の毛がまる坊主にやけ、眼をむき出し、舌を吐き出し、ふくれ上って死んでいたセーラー服の女学生、灰燼と化した家財と、饑餓と危険と疲労の中に荒廃して石と化した心、一瞬の灼熱の白光ときのこ雲の下に、やけただれた肉塊となり、炭となり、一団のガスとなって死んでいった何万もの人々……。南海に、荒野に、雲の果てに死んでいった何百万もの兵士たちと、その兵士たちの行った破壊と殺戮、大地の上にうちこまれた何千万トンもの鉄塊と動乱におしひしがれて行った何億もの魂の苦悩――これら一切の、血ぬられた歴史の激動が、もしなかったとするならば、戦争を通じてあらわにされた「世界」と「人間」のもう一つの側面――まがまがしい、血に飢えた「機械」としての世界と、弱々しく醜悪で英雄的で盲目的な人間の姿に対する、すべての人々の共通の認識と記憶がなければ、たとえ表面的にはまったく同じ「現在」が出現していたとしても、その世界はどこか根本的に、重要なものを欠落させているのではないか? この世界には、どこか痛切なものが欠けている、と彼は思った。あの時期、世界をおおった、大いなる苦しみを通じてなされた、精神の苦悩にみちた転換、何千万、いや何億もの同胞の流血によってあがなわれた「つらい認識」が、そしてそれを通じて獲得された、おぞましいきびしさが、根底的に欠けているように、彼には感じられた。
だから、いわねばならない、と彼は決心した。
作者の小松左京が、終戦を迎えたのは中学生のときだったそうです。
この物語の「彼」はある行動に出ます。結末はどうぞ、ご自分の目でお読みになってください。
緋片イルカ 2019/09/12
●書籍紹介
小松左京セレクション 1 (河出文庫)
下記の文庫版と全集にも収録されていますが、どちらも絶版になっていて、Kindle版もないようです。
お近くの図書館でも探してみてください。
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