わたしが、ルールも知らない野球部の
マネージャーをしてる理由はたった一つ。
ソウジ先輩がいるから。
うちの学校は都立の、割と進学校だから、
部活に入っている人自体少ないし、強い部活もない。
いつも1回戦負けばかり。
それでも、男の子がひたむきに頑張っている姿は
かっこいい(ソウジ先輩だけじゃなく、ね)。
11月になって、ずいぶん寒くなった。
練習中待っているのは、少し寒い。
ソウジ先輩がキャッチボールの途中でやってきた。
「どうしたんですか? 水ですか?タオルですか?」
「いや…。」
ソウジ先輩は部室に戻っていった。
戻ってきたソウジ先輩の手にはウィンドブレーカーが握られていた。
「これ、着てろよ。」
ソウジ先輩がウィンドブレーカーを優しく投げてくれた。
「ありがとうございます。」
部員みんなが使う用のウィンドブレーカーだったのに、ソウジ先輩のもののように感じた。
着ると抱きしめられているように温かかった。
部活が終わると、男の子たちは一緒に帰ってしまう。
わたしは一人だけの女子だし…
マネージャーだったから片付けもしなくてはいけなかった。
わたしはソウジ先輩の貸してくれたウィンドブレーカーを着たまま、グランドを整備していた。
校庭の反対側では遠くでテニス部が片付けをしている。
もしも、ソウジ先輩が待っていてくれたら…
その時は、すぐに告白しよう。
そんな妄想を抱きながら、整備を終えた。
部室に行くと、男の子たちは帰った後だった。
わたしはいつも最後だから部室のカギをかける係だった。
男の子がいる時はトイレで着替えるけど、一人のときは部室のカギをかけて着替えてしまう。今日もそうしていた。
ドンドン。
「あれ?みんなもう帰っちゃったのかな?」ソウジ先輩の声だった。
「います。すいません。ちょっと待ってください。」
わたしは言って、あわてて制服を着て、カギをあけた。
「マネージャー、着替えてた?」
「大丈夫です。」
言ってから、わたしはブラウスに一番上のボタンが外れてたのに気付いてあわてて留めた。
「教室に教科書置きっぱなしだったから、取ってきたんだ。」
ソウジ先輩はそう言った。
「みんなは?」
「もう帰ったみたいですよ。」
「そっかぁ。マネージャー、帰るところ?」
「わたしは、カギを返さないといけないので…。」
「そうか、じゃあ、待ってるよ。」
「はいっ!」
わたしは先輩から見えなくなるところまで歩いて、階段まで行くといっきに走り出した。
職員室にカギを返して下りの階段で、つまづいた。
イタッ!!
激しくこけて、膝をぶつけてしまった。
わたしは普通に歩こうとするのだが、痛くて痛くて、ふらふらした歩き方になってしまった。
「どうしたの?」
「いえ、何でもないんです。」
「ほんとう? 大丈夫?」
「実はそこの階段で転んでしまって。」
「持つよ。」
ソウジ先輩はわたしのバッグを持ってくれた。
「すいません。」
わたしの声はちっとも申し訳なさそうでなかった。
ソウジ先輩と帰れるだけでも幸せなのに、バッグまで持ってもらえるなんて…
わたしは飛び上がってしまいそうだった。
「マネージャーは家どこ?」
「江東区です。」
「じゃあ、一緒だ。方角。」
「そうなんですか?」
もしかして、
同じ駅だったらどうしよう?
もしかして、
家もすごく近くだったらどうしよう?
もしかして、
これから一緒に登校するようになったらどうしよう?
そんな気持ちが恋の表面だとしたら、
次の瞬間にわたしに起こったことは裏面に違いない。
「じゃあ、俺、こっちだから。」
先輩は反対の電車の改札口に入ろうとしていた。
「そっちなんですか?」
「家は違うんだけど、これからデートなんだ。」
わたしはバッグを受け取って、深々と頭を下げた。
「ありがとうございました(いままで素敵な恋を…)。」
わたしは一人階段を下りながら、ぶつけた膝が赤く腫れているのに気付いた。
わたしはこの時、初めてハートが赤い理由がわかった。恋はいつもじくじくと痛いものだから。
(「ハートが赤い理由」おわり)