「雪の壁に守られて」(連作3/5)

2学期に入って急に学校に行かなくなったのは、私自身の問題だ。合唱部の人にも迷惑をかけた。

通学の地下鉄で、レイコとクルス君が手をつないで歩いているのを見た時、心臓が喉から飛び出そうになった。
偶然見かけただけなのに、なぜか私は二人を追いかけていたような気がしてしまって、二人に気付かれないように身を潜めた。

翌日、同じ地下鉄に乗った時、何だか暑苦しかった。満員電車だし暑いのは当たり前だったが、いつもと違う苦しさがあった。

掌が汗で湿っていく。
ピーコートの中で水をかぶったようにブラウスが濡れているのが分かった。それを誰かに気付かれるんじゃないか?と思ったら、よけいに汗が出てきた。

息苦しくなって、私は一区間で降りて、ホームのベンチに座った。

休んでいるとすぐによくなったが、小さなドアに人が押し込められるのを見ていたら乗るのが怖くなってしまった。

私は改札を出て、一駅歩いて帰ってきた。

体調のいい時に何度か行こうとはしたけれど、それから学校へは一度も行っていない。私は部屋の雪のような白い壁に守られて、自分や他人を恨んだり羨んだりしている。

レイコは高校で最初に仲良くなった友達だった。
私もレイコも同じ中学の子がいなかったので、気兼ねなく仲良くなれた。

「ねえ、ニナ、あたしの秘密聞いてくれる?」
入学して1ヶ月もしてない頃だった。

「あたしニナなら話せる気がする。恋人とかには話せないけど――って言ってもそんなのいないけどさ、ニナはあたしのこと裏切らないって気がする。」

「裏切らないよ。」
(それは重い思いだと、今は思うけど、その時はそう思った)

「あたし、女優になりたいんだ――ううん、女優でなくてもいい、歌手でもアイドルでもグラビアでも――それは無理か…とにかく何でもいいんだけど、何か、そういうのになりたいの。」

「頑張って?」

「どの面さげて、そんなこと言ってんだって思った?」

「ううん。思わないよ。」

「ありがとう…。」
レイコは泣き出してしまった。私はこの時、何があってもレイコの味方をすると、心に誓った。

レイコとは学校に行かなくなってから会ってない。けれどクルス君とは会っていた。

インターホンが鳴った。
「はい?」

「あ、クルスです。」

「どうぞ、勝手にあがってきて。」

私はパジャマでベッドに座ったままクルス君が上がって来るのを待った。ノックの後、クルス君が入ってきた。

「元気?」

「うん。」

「すごいね家の周り。ハウスイルミネーション?」

「ああパパの趣味がやってるの。」

「夜になったら綺麗だろうな。」

「夜に来る?」と私は言おうとしてやめた。
クルス君の後ろから女の子が遠慮がちに入ってきた。
「…どうも…お邪魔します。」

「サキちゃん。ニナの代わりにコンサートに出てくれるんだよ。」

「初めまして。」
私がサキちゃんに対して好感を持ってしまったのは、サキちゃんの笑顔がほんとうにほんとうに屈託がなかったからだと思う。

「これ、明後日のコンサートのチケット。」
クルス君は机に封筒を置いて、その飾りのように一言添えた。

「レイコが来て欲しいって言ってた。」

クルス君とサキちゃんが帰って、私は心からレイコを憎んだ。

レイコは私がクルス君のことが好きだったことを知っている。知っていて付き合ったのか、付き合ったから知ったのかはわからないけど、私が二人のことで学校に行かなくなったことは知っている。それは時々来るクルス君の言葉から知れた。だから、一度だって私の見舞いなんて来ないのだ。そのくせ、クルス君にチケットを持って行かせるなんてどういうつもりだろう?二人が付き合ってることをいいかげん認めろってこと?それとも女優を目指すレイコにとっては私なんて一般人の一人に過ぎなくて、来たいならくれてやるってこと?

そんな考えが頭をめぐり、涙が溢れた。それがどんなに愚かな考えかわかっているからだ。

少しだけ過呼吸になって、それが静まって思った。

明後日、何を着ていこう?

(「雪の壁に守れられて」おわり)

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