クルスセイジのことが気にならないと言ったら嘘になる。けれど、どうでもいいと思うのも嘘ではない。
「もしもし、レイコ?」
クルスセイジからの電話だった。
「何?」
「いや最近、一緒に帰ってないと思って…。」
「セイジがサキと放課後練習してるからじゃん。」
「そっちだってバイトじゃん? それにサキのことよろしくって言ったのはレイコじゃんかよ?」
「毎日、付き合えとは言ってない。」
「…。」
「ま、別にいいけどさ。」
「それよりさ3日後のことだけど?」
「クリスマスコンサート?」
「その後の話。どっか飯でも食おうよ?」
「ごめん。予定あるから。」
「…予定って?」
「何でもいいでしょ?」
「…。」
クルスセイジには言えない。だって…。
あたしは小学校の卒業アルバムに書いた。
【将来の夢は?】
「女優」
6年生の学芸会で主役をやった。初めて立候補して、初めて選ばれた。
小学校でのいろんな記憶はセピア色に古ぼけてしまっているのに、その学芸会だけフルカラーで今も色褪せずに残っている。
その頃、一番仲良かった友達は、
「レイコなら絶対なれる!」って言ってくれた。
中学になると、隣の小学校から来たの可愛い子がいた。その子が「モデルになりたい」と言っているのを聞いて、自分の夢が急に恥ずかしくなってあたしはどんなことにも立候補することを止めた。
高校は、同じ中学の子がいないところにした。
そうすれば何かが変わるかなと思ったけど、今のところまだ変わってない。
高校2年生の冬。もう半分終わってしまった。
今、動かなければ、もう二度と進めないとさえ思ってしまう。
そして、怖い…。
「他に好きな男が出来たの?」
クルスセイジは沈黙の末に聞いた。
「出来てない。」
「じゃあ、何? 家族と予定があるの?」
「ないよ。」
「じゃあ、何?」
クルスセイジの声が赤く苛立っている。
「ぜったい笑わない?」
「…笑わない。」
「怒らない?」
「…怒らない。」
「無理だなんて言わない?」
「…言わない。」
「応援してくれる?」
「…するよ、絶対。」
「…。」
「何なの?」
「やっぱり言えない…。」
クルスセイジが舌打ちをした。
「ちゃんと言うから、ちょっとだけ待って。」
「…ぅん。」
クルスセイジは嫌そうにそう言った。
「ちゃんと言う」という約束をしたら、動くしかないと思えた。
あたしはモデルオーディションの書類を郵送した。
しばらくして返事が来て、そこには25日に1次審査があることを知った。
面接の他に、歌と水着の審査があると書かれていた。
やはりクルスセイジには言えない気がした…。
クルスセイジから電話がかかってきて、サキとの放課後練習をやめたと言っていた。
あたしがやめさせたみたいで嫌だったが、その程度でやめるようなことだったのだ、ともう一人のあたしが言っていた。
それはあたし自身に言っている。
「お前のやりたいことなんて恋人にも言えないこと。」
だから、あたしは何を犠牲にしてでも今回は譲れないと、自分に誓うのだ。
(「フルカラーの思い出」おわり)