「天辺」読めますか?(ゲス漢9)

※漢字の答えは広告の下にあります。小説内にお題の漢字が出てくるので、よかったら推測しながらお読み下さい。

「うわっ、もうすぐテッペン越えんじゃん、電車やばくね」
 隣の学生グループが一斉にスマホをとりだして終電を調べ始める。
 騒がしい。
 これだから夜のファミリーレストランは嫌いだ。
 俺の目の前にいる女はさっきからしきりにコーンスープをスプーンで弄んでいる。緊張しているとはいえ、ずっと伏し目がちで、ろくすっぽ顔を見せていない。写真では美人に見えていた。
 年は32と聞いているが本当はもう少し上だろう。薄倖の美人という言い方があるが、それは美人だが幸が薄いという意味であって、美人だから幸が薄いという訳ではない。つまり、美人でもないのに幸が薄いタイプというのもいるのだ。それがこの女、鮫島ユカリだ。独身というのも嘘かもしれない。愛人紹介所に本当のことを言う人間などいないのだから。
「俺たちもぼちぼち出ようか」
 学生グループが会計を済ませて出て行ったのを見計らって、俺は言った。
 鮫島ユカリはこくりとうなずいた。どこへ行くかは女も了承済みだ。
 伝票を持って立ち上がると女の飲み残したコーンスープには和蘭芹が残されていた。
 外へ出ると綺麗な満月が出ていた。
「この小説、知ってますか?」
 女はトートバッグからハードカバーの書籍をとりだして見せた。タイトルに『天辺の月』、作者は鮫島ユカリと書かれていた。
「君が書いたの?」
 女はまたこくりとうなずいた。本当かどうかは知れない。
「読めますか? タイトル」
「テンペンの月」
 女が潤んだ瞳で俺を上げた。写真どおりに美人だ。
「じゃあ、じゃあ、兜のここんところ」
 女は自分の脳天のあたりを指でたたいて、
「ここです、何て言うか知ってますか?」
 急にテンションの上がった女にいささか戸惑いを感じながら、
「兜って五月人形とかの兜だよね?」
「はい、兜のテッペンの部分です」
「テヘンでしょ」
「よかった。知ってる人がいたんだ」
 女はぬいぐるみでもハグするように本を両手で抱きしめてる。
「この小説、天辺の月なのに、みんなテッペンの月って読むんですよ。それって、ぜんぜん違うじゃないですか? テッペンって兜のテヘンから派生した言葉じゃないですか? だから物理的な頂上っていう意味だと思うんですよ、私は。でもテンペンは天の辺りだから、もうずっと空じゃないですか? だから、このタイトルをテッペンの月なんて読まれたくないんですよ。わかってくれます?」
 まくしたてるように言いたいことを言うと、女は我に返ってうつむいた。この女に何かが乗り移ったのか、俺には理解ができなかった。紹介所に連絡して断ることもできる。だが、せっかく俺を選んでくれた女だ。
 俺は女の腰に腕をまわして、引き寄せた。漢字に拘る女に悪い女はいないはずだと思いながら。




今日の漢字:「天辺」(てんぺん、てへん、てっぺん)
「てんぺん」:空の果て、上空のこと。
「てへん」:兜の脳天部分のこと。頂辺とも書く。
「てっぺん」:てへんから派生した言い方。ものの最高、最上。あるいは業界言葉の午前0時のこと。

(緋片イルカ2018/11/3)

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