この記事は連載記事です。
目次:
①注意を向ける
②声に出る/独り言
③二人会話
④複数人会話←NOW
⑤その他
情動レベル3:複数人会話
前回は二人での会話シーンを解説しましたが、今回は複数人での会話です。
人数は増えますが、情動のレベルは同じ「3」です。
二人会話と同じように「発話行為」にはwant=目的があります。
処理する「情動の動き」が多くなるので「二人会話」より大変になります。
また、リアクションもうまく処理しないと、会話のテンポが悪くなるので難しくなるのです。
初心者には少ない人数でのシーンを練習するよう指導していますが、二人会話も処理できない作者が複数人を同時に処理できるはずないのです。
複数のキャラクターで、都合良く発言させればストーリー自体は進んでるように見せられます。
ですが「情動の動き」を掴んでいないと「面白おかしいセリフ」でつないだり、ムダな会話ばかりになります。
ムダなシーンが増えれば、キャラクターアークはブレ、描くべき変化も描けなくなってしまいます。
初心者がそういう書き方に慣れてしまうと、キャラクターアークの本質に目がいかなくなる危険があります。
プロでも凝り固まってしまっていて、もはや直らないのだろうという人もいます(ベテランになると指摘する人もいないでしょうし)。
「それでも人気があればいい」という考えもあります。仕事としては続くでしょうが、作品の質は向上しないでしょう。
前置きが長くなりました。
「複数人会話」は難しくはなりますが、やることは「二人会話」と同じです。
それぞれのキャラクターの「情動の動き」を把握することです。
前回の脚本例に、由美という花子の妹を足してみます。
脚本例:サスペンス
〇駅前(昼)
花子と由美、スマホを片手にきょろきょろしている。
太郎「もしかしてお困りですか?」
太郎が立っている。身なりのいい男で優しそうな笑顔。
花子「道に迷ってしまって……苦手なんです」
花子、スマホの地図を見せる。
太郎「どこに行きたいんですか?」
花子「図書館です。母に頼まれた本を返しに行くんです」
太郎「よかったら一緒に行きましょうか。僕も行くとこなんで」
花子「じゃあ、お願いします」
太郎「はい」
太郎の笑顔。不気味に張りついたまま……
冒頭に「と由美」を足しただけです。
由美は会話にも参加せず、いたことに気づかない読者すらいるかもしれません(本当にこういう脚本を書く人がいます)。
たとえ会話に参加しないとしても、居るなら適宜リアクションをさせなければいけません。
由美のwantは、花子と同じで「図書館へ行くこと」にします。性格はクリシェな妹キャラで固めます。
脚本例:
〇駅前(昼)
道に迷っている姉妹がいる。
花子、スマホを片手にきょろきょろ。
由美「お姉ちゃん、まだ?」
由美は腕を組んで待っている。
花子「こっちだと思うだけど……」
そもそも前の書き方では「花子と由美」どちらがスマホを見てるのかもわかりませんでした。それぞれ自分のスマホを見ているのか、花子のものを二人で覗いているのか。
「花子がスマホを見ている」とすると、由美が何をしているか?と考えることになります。
脚本例:
〇駅前(昼)
花子、スマホを片手にきょろきょろしている。
由美、腕を組んで待っている。
由美「お姉ちゃん、まだ?」
と書いてもいいのですが「読み物」のテンポとして、先に「道に迷っている姉妹」と書いて、由美はセリフから入ってストーリーを進める形にしました。
ショットとしては「道に迷っている姉妹がいる」は駅前で二人のフルショット(このシーンは駅前である必要はないので駅のエスタブリッシュメントショットは不要)。
「花子、スマホを片手にきょろきょろ」で、花子と由美のミディアムショットぐらいに寄って「迷っていること」をセットアップ。
「迷っている二人」というニコイチのショットにするか、「姉妹対比のある」に割ったショットにするかは、ストーリー全体の姉妹の関係性にもよりますが、ここまではニコイチのショットとしておきました。
姉妹である関係を示すため、わざと「お姉ちゃん」と呼ばせました。
人物表に「妹」と書いてあっても、並んで立っている女性二人を見ただけでは「姉妹」とわかりません。友人かもしれないし、姉妹だとしても、どちらが姉かまでは確定できません。
姉が一生懸命スマホで検索していても、自分は腕を組んで待っているだけという性格が見えます。
由美の態度に対して「あんたも探しなさいよ」などと返すわけでもなく「姉である自分が解決しなくてはいけない」という姉妹の関係性も見えます。
花子は「うーん」とか呻るだけのリアクションでも良さそうですが、由美に喋らせたバランスとしてセリフで返したいところです。
姉妹のセットアップができたところで、太郎が話しかけてきます。
脚本例:
〇駅前(昼)
花子、スマホを片手にきょろきょろしている。
由美「お姉ちゃん、まだ?」
由美、腕を組んで待っている。
太郎「もしかしてお困りですか?」
太郎が立っている。身なりのいい男で優しそうな笑顔。
花子「道に迷ってしまって……苦手なんです」
花子、スマホの地図を見せる。
由美、花子を怪訝な目で見る。
太郎というシーン内のカタリストが起きたとき、花子と由美、それぞれのリアクションが必要です。
花子のリアクションは元の脚本にあるので、由美のリアクションを足しました。
姉妹の対比のため、花子は「太郎を信頼する」、由美は「太郎を怪しむ」とします。
由美の反応は「情動レベル1:注意」の反応なのでト書きだけです。
由美の性格にもよるので「咳払いする」とか「花子の肘をつつく」とかでも構いませんが、シーンの中で情動レベルを上げていくようにすると由美の心の動きが見えやすくなります。
〇駅前(昼)
花子、スマホを片手にきょろきょろしている。
由美「お姉ちゃん、まだ?」
由美、腕を組んで待っている。
太郎「もしかしてお困りですか?」
太郎が立っている。身なりのいい男で優しそうな笑顔。
花子「道に迷ってしまって……苦手なんです」
花子、スマホの地図を見せる。
由美、花子を怪訝な目で見る。
太郎「どこに行きたいんですか?」
花子「図書館です。母に頼まれた本を返しに行くんです」
太郎「よかったら一緒に行きましょうか。僕も行くとこなんで」
花子「じゃあ、お願いします」
由美「お姉ちゃん……」
花子「ん?」
太郎の笑顔。不気味に張りついたまま……
太郎「行きましょう」
最初の「怪訝な目で見る」は、怪しい男に親しげに答える姉の態度への警戒。
つぎの「ちょっと……」は情動のレベルが上がり発話行為。心配を姉に告げようとしている。
けれど、太郎の前で「この人、怪しい」と言葉にするわけにもいかない。
「ちょっと(小声で)この人、大丈夫?」などと書いてしまうとリアリティがなくなります。
由美は「太郎の反応」「太郎がいることによる由美の態度」を踏まえなくてはいけません。このあたりも二人会話よりも難しくなる点です。
太郎は「サイコパスの設定」で、ジャンルも「サスペンス」でしたが、由美の怪しむ態度で「サスペンス感」が足されましたので、「太郎の不気味な笑顔」はカットか短くなっても問題ありません。
ですが、由美が姉に警戒を発している状況なので、次のシーンに行くための勢いとして、太郎の「行きましょう」を加えました。
このあたりの細かさはセンスや好みではあります。
由美の性格によっては、もっと積極的に止める言動もありえます。
脚本例:
〇駅前(昼)
花子、スマホを片手にきょろきょろしている。
由美「お姉ちゃん、まだ?」
由美、腕を組んで待っている。
太郎「もしかしてお困りですか?」
太郎が立っている。身なりのいい男で優しそうな笑顔。
花子「道に迷ってしまって……苦手なんです」
花子、スマホの地図を見せる。
由美、花子を怪訝な目で見る。
太郎「どこに行きたいんですか?」
花子「図書館です。母に頼まれた本を返しに行くんです」
太郎「よかったら一緒に行きましょうか。僕も行くとこなんで」
花子「じゃあ、お願いします」
由美「お姉ちゃん……」
花子「ん?」
由美「……」
由美、太郎をチラッと見る。
太郎「あ、すいません。知らない男と行くなんて心配ですよね」
花子「いえ、そんなこと……お願いします」
花子、由美を見る。
目を逸らす由美。
太郎「では、行きましょう」
花子「はい」
一行ごとの気持ちを解説しておくと、
由美「……」 → お姉ちゃん、言葉にしないでもわかってよ。
由美、太郎をチラッと見る。 → この人、なんか怪しいよ
太郎「あ、すいません。知らない男と行くなんて心配ですよね」 → 警戒されてるな、いっかい退くか?
花子「いえ、そんなこと……お願いします」 → 妹のせいで失礼なかんじになっちゃった
花子、由美を見る。 → 道案内してもらうだけで、何でそんなに警戒してるの?
目を逸らす由美。 → もうだめだ、従うしかないか……
セリフ内に「……」を使うなら、脚本家は込められた意味を説明できないといけないと言いますが、視線などのト書きでも同じです。
無意味な、感情的でないリアクションを書き込みすぎると伝わりづらくなります。
とくに「複数人会話」では書かなくてもわかることは書かない工夫が必要です。一人一人書いていると長くなってしまいます。
このシーンでは、「由美の怪しむ気持ち」を姉の花子がどこまで受けとったかは描写していません。
「いえ、そんなこと……お願いします」というセリフの前提として、
「妹が何言いたいかわからないけど、太郎に案内してもらおう」なのか、
「妹の言いたいことはわかったけど、太郎に案内してもらおう」なのかは判断できません。
他のシーンでの花子から判断できるかもしれませんが、このシーンだけではできません。
重要なのは「このシーンではどうでもいい」という判断力です。
冒頭に書いた「リアクションをうまく処理しないとテンポが悪くなる」ということに繋がります。
3人の「情動の動き」を掴みつつも、ト書きやセリフにするべき部分を取捨選択して、テンポを落とさないようにしなくてはいけないのです。
だから、二人会話より難しいのです。
シーンでの登場人数が増えると、ムダな会話やリアクションが入りこみやすく、シーンも長くなりがちです。
そうならないために会話の内容だけでなく、シチュエーション自体を変えてしまうといった工夫も必要になります。
たとえば、由美の性格をまるっきり変えてしまって、ストーリーのテンポを速めてみます。
〇駅前(昼)
花子、スマホを片手にきょろきょろしている。
由美「お姉ちゃん、まだ?」
由美、腕を組んで待っている。
太郎「もしかしてお困りですか?」
太郎が立っている。身なりのいい男で優しそうな笑顔。
由美「図書館わかりますか?」
太郎「ええ」
由美「どっちですか?」
太郎「えっと、案内しましょうか?」
由美「はい!」
花子「いいんですか……?」
太郎「はい。僕も行くとこなんで」
由美「よっしゃ」
花子「じゃあ、お願いします」
太郎の笑顔。不気味に張りついたまま……
キャラ自体が変わることに不都合が生じる場合は、変えるわけにはいきませんが、全体からみて、シーンの内容や設定ごと変えてしまうという修正もありえるのです。
修正稿を書くとき、表面上のセリフやト書きを直しているだけでは限界があります。
セリフの言い回しや語尾の微調整などは最後にやれば充分です。個人的には「バリ取り」と呼んだりしますが、ヤスリをかけて最後に出っ張りを削るような作業は仕上げです。
しっかりとシーンを組み立てる方が先です。
目次:
①注意を向ける
②声に出る/独り言
③二人会話
④複数人会話
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イルカ 2023.3.22