この記事は連載記事です。
目次:
①注意を向ける
②声に出る/独り言
③二人会話
④複数人会話
⑤その他←NOW
情動レベル3:スピーチ
ここからは「特殊なシーン」などの感情描写に触れていきます。
壇上でのスピーチや会見などのシーンは前回の「複数人会話」と似ていますが「演説者が一方的に語りかける」というのが特徴です。
演説者のセリフを止めることはできません。時計の針が進むように、一定のペースで話し続けなくては、演説の時間的なリアリティに違和感がでます。
とはいえ、スピーチをしているだけだと、観客は長セリフを聞かされるだけになります。
聴衆の短いリアクションを挟んで、映像的には変化をさせても、ストーリーが進むことはなく、紙芝居的になります。
それ自体がが狙いで、効果的な演出になっているのであれば構いませんが、有名な映画のスピーチシーンは工夫して処理されています。
「複数人会話」の応用なので「複数人会話」シーンがしっかり書けるライターなら、工夫して書けるはずです。
脚本例は省略。
情動レベル4:叫び/感情吐露
初心者がやりがちなミスに「簡単にキャラクターを泣かせること」があります。
現実社会で、自分や周りを振り返ってみて、人間はそんな簡単に泣くでしょうか?
キャラクターが泣いたり、叫んだり、それまで言えなかった本音を吐露したりするのはドラマチックで、ぜひとも描くべきシーンです。
しかし、簡単に本音を話せるぐらいなら、言えずに抱えていた思いではなかったといえます。
なかなか言えなかった感情をようやく吐露できるからドラマチックになるのです。
その「ようやく」までの心の機微を描くのがキャラクターアークです。
初心者はドラマチックにしようとして、急激な変化をつけてしまい、リアリティのないシーンになってしまうのです。
情動レベルは「4」としました。通常の会話よりも、一段上の感情と考えます。
ワンシーンだけで表現するのは難しいので、脚本例は示せません。
ヒントとしては「複数人会話」の妹・由美の情動レベルを段階的に上げていったのと同じで、ストーリー全体で主人公の情動レベルを上げていくような感覚です。
ワンシーンでもビートはあるし、ストーリー全体でもビートはあるというのと同じです。
一事が万事で、ワンシーンがうまく書けるようになれば、全体の構成力もつきます。
情動レベル5:パニック/発狂
情動レベルが、自制できる値を超えたとき人間はパニックになります。
ショックで気絶をしたり、訳の分からないことを喋ったりします。
「安直に気絶する」のも初心者がやってしまいがちなミスです。
自分や周りの人間が、ショックで気絶したことがあるか思い出してみてください。
あるいは、自分が相当にショックだったとき、どんな状態だったかを思い出してください。
あるとしたら、どういう人が、どれくらいのショックを受けたか、キャラクターに反映してください。
それがリアリティです。
また、パニックで訳がわからないことを言うような描写では、きちんと「訳がわからないことを言わせる」という工夫も必要です。
パニックなのに論理的に喋ってしまっているセリフをよく見かけます。
情動レベルは「4」でも感極まって、涙が溢れてくるのです。
自制が出来なくなっているのにいつも通りの、長説明的なセリフや長ゼリフを話してしまうキャラがいます。
作者が「情動レベルの違い」をつかめていないのです。
なお、パニックや発狂はSFやファンタジーなどでも使えますし、薬物でトリップしているシーンなどにも応用できます。
情動レベル0:無意識/暗示
最後に紹介するのは、無意識のレベル。キャラクター自身も感じていないような情動を表現することです。
クリシェをあげるなら「悪いことが起きる前に空模様が怪しくなる」「悲しい時に雨が降ってくる」「驚いた時にコップを落とす」などです。
この記事シリーズのはじめに物語ではキャラクターたちは一貫した感情や目的をもち、それが読者や観客がわかるように描写する必要があると書きました。
観客が描写されたものから読み取るものをコントロールしなくてはいけません。
作者が「本当はこうだ」などと言い訳しても描写されてしまったら通じないと言えます。
たとえば「女性のお尻を触る」という行動をした上司を映像で見せたら、セクハラ上司にしか見えません。
セリフで「彼はいい人だ」とか「そんなことをするような人ではない」と言っても、観客はセリフよりも映像を信じます。
ストーリーとして、ただのセクハラ上司にしたくないのであれば、「彼はいい人だ」と観客が感じるシーン、本当に「そんなことをするような人ではない」と観客が感じるシーンを見せる必要があります。
そういう観客の気持ちをコントロールすることができて、初めて「どうして、いい人だった彼が、そんなことをしてしまったのか?」といったテーマを描けます。
セリフで「なぜだ?」と問い詰めてるばかりでは、観客は白けてしまうでしょう。
前の記事で「映像的に伝える」ことが出来なければ、いつまでたっても脚本は巧くならないと書きました。
逆に言うなら「映像的に伝える」テクニックを身につければ、言葉以上のものを伝えることができるようになるのです。
そのひとつの表現がキャラクターの無意識レベルの情動です。
本質は「情動レベル1:注意を向ける」と同じです。
脚本例:
〇路地(夜)
太郎が歩いている。
銃声のような音。
太郎、足を止めて辺りを見まわす。
視線の先には――
ゴミ箱の上に黒猫がいる。
黒猫は太郎に歯を剥き出して威嚇。
黒猫も威嚇もクリシェですが、こういう描写は不吉な予感だけでなく「太郎の人間性への怪しさ」を匂わせます。
このシーンだけでは、それは意味を持ちませんが、ストーリー全体にこういった描写を散りばめることによって含みを持たせられます。
セリフで説明しようとする気持ちから、「映像的に伝える」姿勢にシフトできれば、脚本の質はぐっと上がると思います。
以上。このシリーズの連載は終わりです。
イルカ 2023.3.23