『古事記』と『日本書紀』【概略】(文学史4)

記紀の成立

天武天皇(?~686年、第40代)の命により、稗田阿礼(ひえだのあれ)という記憶力のいい人が、各地に伝わる伝承(帝紀・本辞)を暗記させられました。

その後、元明天皇(661~721、第43代)が、太安万侶(おおのやすまろ)という部下に選んで記録させました。

『古事記』は712年に成立しました。

『日本書紀』はそのわずか8年後、720年の成立です。

元正天皇(680~748、第44代)の命によって編集されました。編者は舎人親王(とねりしんのう)です。

二つを合わせて「記紀」と呼びます。

どちらも、この世界がどうやって出来たかという天地創造の話から、天皇へと繋がっていくおはなしが書かれています。

けれど、目的が異なります。

どちらも、国の権威を表すために歴史書ではありますが、『古事記』は国内向け、『日本書紀』は国外向け(主に中国)に書かれているのです。

だから使われている文字も違います。『日本書紀』は純粋な漢文体で書かれていますが、『古事記』は万葉がなという日本語の音訓に漢文を当てた変則的な文体で書かれています。

内容にも違いがあります。

『古事記』では書かれている出雲神話が『日本書紀』ではごっそりと削除されているのは大きな特徴です。

一方、『日本書紀』では天皇の系譜がより詳しく書かれています。

「記紀」は補完しあっているのです。

※補足:聖徳太子と蘇我馬子が編纂した『天皇記』と『国記』という国史があったが乙巳の変で焼失しています。

それぞれの構成と内容

イザナキ、イザナミ、アマテラス、スサノオ、ヤマトタケル、オオクニノヌシ……日本人ならこんな神様の1人くらいは聞いたことがあると思います。

神様たちに縁のある伊勢神宮や出雲大社、熱田神宮とった神社に行ったことがある人も多いでしょう。

そういった神々から天皇へとつながっていくおはなしが「記紀」に収められています。

『古事記』は上中下の三巻。

上巻では、この世界ができる天地創造~神武天皇(初代天皇)までの話。

中巻では、神武天皇~応神天皇(第15代)までの話。

下巻では、仁徳天皇(第16代)~推古天皇(554~628、第33代)までの話です。

『日本書紀』は全30巻あり、天地創造~持統天皇(645~703、第41代)までと『古事記』より長く収められています。

ちなみに歴史書には「編年体」と「紀伝体」という2つの記述法があります。

「編年体」は年月の順に従って配列していくのに対して、「紀伝体」は人物の伝記を軸に記していく方法です。

『日本書紀』は編年体です。

「六国史」と呼ばれる歴史書はすべて編年体です。六国史とは『日本書紀』からつづく『続日本紀』『日本後紀』『日本後紀』『続日本後紀』『日本文徳天皇実録』『日本三代実録』のことをさし、すべてをつなぐと光孝天皇(830~887、第58代)までつながります。

あらすじ

具体的なストーリーは、以下の各記事でまとめていきます。(随時更新中)

①天地創成「別天神と神世七世」

・イザナキとイザナミの国生み

・黄泉の国への旅と禊

・アマテラスとスサノオ(天の岩屋)

・スサノオのヤマタノオロチ退治

・オオクニノヌシの英雄譚と国譲り

・ニニギと二人の姫

・初代天皇カムヤマトイワレビコ

・ヤマトタケルの行軍

・神功皇后(卑弥呼?)の遠征

・仁徳天皇と雄略天皇

参考文献

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