『ABC殺人事件』アガサ・クリスティー(三幕構成分析#26)

ポアロのもとに届いた予告状のとおり、Aで始まる地名の町で、Aの頭文字の老婆が殺された。現場には不気味にABC鉄道案内が残されていた。まもなく、第二、第三の挑戦状が届き、Bの地でBの頭文字の娘が、Cの地でCの頭文字の紳士が殺され……。新訳でおくる、著者全盛期の代表作。(Amazon商品解説より)

名探偵ポアロの登場する、ミステリーの女王・アガサ・クリスティーの代表作の一つです。

映画におけるミステリー作品は「ミステリープロット」としてかなりはっきりした定型となっていますすが、1936年に書かれた今作では「当てはまるのか、当てはまらないのか?」に注目しながら分析してみました。

以下、真犯人までのネタバレを含みますので、ご注意ください。

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以下、ネタバレを含みます

分析表


 

映画的な構成

400字詰原稿用紙に換算すると600頁を超える長編です。

39の章(シークエンス)に分かれますので、単純な割り算で1つの章が15頁ほどになります。

10~15分程度で物語のリズムをつくるのは映像作品の定跡のひとつなので(テレビでCMの入るタイミングを想像してください)、とてもテンポよく進みます。

文章は、探偵ポアロの相棒ともいえるヘイスティングズによる記述とありますが、いくつかの章では「ヘイスティングズの記述ではない」という犯人視点や警察による取調シーンが入ります。

これも映画的です。

地の文が少なくセリフで展開していくところも映画的(脚本的)ですが、ときどき誰が話しているのか混乱するのは、翻訳のせいかもしれません。ただしポアロは外国語(フランス語?オランダ語?)を話すので見分けは容易です。

映画のミステリープロットとの関連

映画のミステリープロットを当てはめて比較していきます。

三幕構成に関する基礎的な理解がある人向けに解説しています。専門用語も知っている前提で書いています。三幕構成について初心者の方はどうぞこちらからご覧ください。

主人公が変化しないフラットなアークなのでキャラクターアークは無視して、プロットアークのうち重要なビートのみ分析します。犯人としてミスリードされるカストというキャラクターが追い詰められていく様はキャラクターアークになっていなくもないですが、ミステリーの構造上、シーン数が少なく、あくまでサブプロットレベルです。

このストーリーのメインストーリーは「アルファベットに基づく連続殺人事件」です。

そのスタートである最初の手紙(「カタリスト」)は、冒頭のシークエンスから始まります。これは映画としてはとても早い入りです。シリーズものなので主人公の説明はある程度、省ける部分もありますが、「髪の毛を染めた」といったミステリーらしいキャラ紹介はきちんと入っています(「主人公のセットアップ」)。

最初の手紙から、事件が起きるまでは「ディベート」となりますが、この作品では重要ではありません。殺人事件でもあるので「デス」も重要ではありません。フラットなアークでは、主人公が変化しないため「通過儀礼」としてのデスは重要ではないのです。また、主人公が探偵という職業なため捜査に対する動機も必要ありません。事件が起きれば、自然と「捜査開始」します。

こういったタイプの場合、キャラクターの魅力(つまりはキャラクターアークに関するビート)よりも、「非日常」や「旅」そのものの面白さが重要になります。つまり「アルファベットに基づく連続殺人」という事件そのものに面白味があるかどうかが、ストーリーエンジンになります。ポアロを主人公としたシリーズが数ある中で、この作品が名作と言われる一つの要因は、この事件自体の面白さかもしれません。

「ミステリープロット」のセオリー通り、二つ目の事件が起きたところで「プロットポイント1」として、本格捜査開始とします。ここからは連続殺人犯を捕まえるというWANTに従って「バトル」が展開されていきます。

サブプロットの1つは、犯人としてミスリードされるカストのシーンの挿話です。これは、初見では犯人側の視点としてミスリードしながら、二回目に読むときには犯人に仕立て上げられる人間の苦悩として機能します。どちらかというと前者に重きを置かれているので、キャラクターアークというほど魅力的なストーリーになっていないのは前述したとおりです。カストのシーンは、映画としてベストなタイミングで入っていて、トランジションもきれいで、アガサ・クリスティの演出的センスが窺えます。

サブプロットの2つめは、被害者達が集まって行動を起こしはじめるところです。ポアロの「殺人事件は縁結びに最適」というセリフ通りに、数名の男女の中で誰と誰がくっつくのだろうか?という、もう一つのミステリーが始まります。語り手のヘイスティングズすら含もうとしているところが面白くもあります。これは同時に、この中に、連続殺人犯の犯人がいるというフリにもなっていて、事件の性質上、こちらの犯人の方が気になる人がおおいと思いますが、恋愛としてのミスリードがあるからこそ、真犯人であるクラークの大胆な行動が紛れています。分析法ではそれぞれを「ピンチ1」としてとりました。

犯人像が見えていなかったところから「ストッキング」という共通点を見つけたことは、「ミッドポイント」に相当します。それまで、犯人にしてやられてばかりだったのが、反撃開始が始まります。それに伴い、ストーリーエンジンも「どうやって犯人に近づくか?」から「捕まえられるかどうか?」「次の事件を防げる?」といったサスペンスが入ってきます。もちろん、読者の中では「本当の犯人は?」は依然のこっています。

4つめの予告現場「ドンカスター」へ行くのが「フォール」となります。情報として少なかったカストのシーンが増え、読者へのミスリードも本格化します。そして、カストの自首によって、捜査はいったん終了します(「プロットポイント2」)。

アクト3では、カストの二番目の事件のアリバイが崩せないというところから、納得からポアロ(と読者)は真犯人を捜していきます(「ビッグバトル」)。ポアロとカストの面会シーンで、カストがポアロだとわからないところはツイストシーンとして効いています。ここで、ストーリー上は「カストではない」と明確になります。現代の読者でカストが犯人だと思う人はいないと思いますが、当時の読者がどうだっかはわかりません。真犯人を解き明かし、サブプロットのカップルも成立して物語は終了します。

ミステリーとしての骨格と配分

ビートシートを小説に応用した例などでは、三幕を「1:2:1」の分量に配分することを重視しているものもありますが、それは検証なく当てはめてるいるだけに過ぎないように思いますし、また小説ではビートをシーンでとるか、シークエンスでとるか、あるいは「特定の一行」でとるかは、作品によって合わせなくてはいけないこともあります(たとえば抽象表現がビートとして機能している場合、とるべきかどうかなど)。

それよりは、特定のビートが効果的に機能しているかどうかが大切です。

事件開始の「カタリスト」が早いか、次々とストーリーが展開していくか(ビートのリズムが早いか)、「ミッドポイント」「オールイズロスト」が昨日して、アクト3にツイストがあるかといったことの方がストーリーエンジンとして影響します。

その観点では、この「ABC殺人事件」は十二分にビートを機能させているといえそうです。現代の読者にも耐えうる小説です。

一方で、映画のために脚本化すると考えたときには、「1:2:1」のアンバランスさから無駄なシーンも見えてきます(最たるのは会議関連のシーン)。

これは時代による演出スピードの違いなので仕方ありません。

次回の読書会では「アクロイド殺し」を扱います。「ミステリープロット」をより深く学びたい方も、どうぞご参加をお待ちしております。

緋片イルカ 2020/10/05

『そして誰もいなくなった』アガサ・クリスティー(三幕構成分析#27)

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