新版 古事記 現代語訳付き (角川ソフィア文庫)
(引用はすべて同書より)
古事記の概略についてはこちらの記事をご覧ください → 『古事記』と『日本書紀』【概略】(文学史4)
なお、古典には歴史的な解釈が諸説あって、その真偽もわかりません。
タイムマシーンで過去にいければ、確かめられるでしょうか。いや、それでも人間はウソをつくし、誤認もするので、やっぱり諸説生まれるかもしれませんね。
歴史研究者は、膨大な資料をもとに、根拠のある解釈を提示してくれて、それらは我々、一般人の目をひらいてくれます。
けれど、その研究者の間でも意見が分かれるものがたくさんあります。
当サイトでは、あくまで「おはなし」に着目していきます。
解釈の正当性といったことは、ひとまず置いておいて「おはなし」に付随する面白いな思った説はあわせてご紹介していきます。
神さまの住む場所・高天原
(原文)
天地初發之時於髙天原成神名天之御中主神次髙御産巣日神(訓読文)
天地の初めて発くる時に、高天原に成りませる神の名は、天之御中主神。次に高御産巣日神。次に神産巣日神。
まあ、読めませんよね(笑)
でも日本最古の物語、冒頭ぐらいは原文を読んでみても良いかと思い引用してみました。
太安万侶(おおのやすまろ。いわゆる古事記の編集責任者)による序文につづいて、上記の文章から『古事記』のおはなしが始まります。
現代語訳にしたがって意訳していきます。
天と地が初めてできたとき高天原に三人の神さまが現れました。
高天原は「タカアマノハラ」と読んで、神さまの住む世界です。今後も出てくるので覚えておきましょう。
5人の別天神
まずは五人の神さまがでてきます。まずは三人の神さまの名前も見てみましょう。
天之御中主神(アマノ・ミナカ・ヌシの神)が一人目。神さまの名前は漢字をみると、どんな神さまか想像できることがあります。「天之御中主神」つまり、天の中心、これから生まれてくる神さま中心、世界の中心という意味でしょうか。聖書でも神さまを「主」といいますが、神さまの主(あるじ)ととらえてもいいかもしれません。
二人目の高御産巣日神(タカミ・ムスヒの神)には「産」という漢字が入っています。「産巣日」で「むすひ」と読みます。苔が生えることを「苔生す(こけむす)」と言いますが、その「むす」には「自然と生まれてくる」という意味合いがあるそうです(「縁結び」の「むすび」にもつながるのでしょうか?)。タカミムスヒの神は「高御(タカミ)を生む神」となります。「高御」は高天原(タカアマノハラですよ。覚えてますか?)のことのようにも思いますが、後に天皇につながるニニギという神さまの血統なので敬語の「御」がつけ加えられているようにも思えます。書籍の注には「中国の道教神話の司命」とありました。
三人目の神産巣日神(カミ・ムスヒの神)。この神さまも「むすひ」です。「神」を生むのでしょう。
その頃の世界は「幼く、水に浮かぶ動物性脂のようで、水母(くらげ)のようにぷかぷかと漂って」いました。
「水母のように」というのはおもしろい表現ですね。海洋生物のクラゲを浮かべますが「暗気(くらげ)」として「暗くて、あいまいな」といった言葉であるという説もあるそうです。原文では「久羅下」となっています。ちなみに当時の日本には書き言葉がなかったので『古事記』は漢字の音と訓をまじえて変則的な漢文で書かれています。太安万侶の序文には、そのことに関する注意書きがあります。
その水のようなところから「水辺の葦が初めて芽ぐむように萌え上がった物があって」、そこから生まれたのが四人目・宇摩志阿斯訶備比古遅神(ウマシ・アシカビ・ヒコヂの神)。ウマシは美称、ヒコは男性、ヂは接尾語らしいので、ぜんぶとっぱらうと「アシカビ」の神さま。アシは植物の葦、カビはイネの穂先という意味だそうです。『古事記』の後半では地上世界を「葦原中国(あしはらのなかつくに)」と呼びますので、その始まり(穂先)といった意味でしょう。
五人目は天之常立神(アメのトコタチの神)。トコタチは「常に立つ」ですから、安定してきたイメージです。高天原(もう覚えましたね?)が安定してきたということでしょう。
ここまでの五人を「別天神」(コトアマツ神)と呼びます。別世界、神さまの世界、天の世界の神さまですといったかんじです。ちなみに神さまなので正確に「五人」とはいわず「五柱」と数えるようです。世界を建物になぞらえれば、それを支える柱といったところでしょう。
7組のカップル
次は地上世界の創造です。
国之常立神(クニのトコタチの神)が生まれます。「クニのトコタチ」はもう説明は要らないかと思います。地上世界が生まれました。
つぎは豊雲野神(トヨ・クモ・ノ神)。豊は美称なので外します。雲と野の神。地上世界に空と大地ができたイメージです。
ここまでの神さまはすべて独神(ヒトリガミ。独身じゃないですよ?)となっています。その神話的な意味は後述します。
このあとの神さまはカップルです。
まずは三組のカップルが生まれていきます。漢字の変換も大変なので名前は省略しますが、それぞれ「土」「杭」「戸」を象徴していて家が建てられていくようなイメージです。
四組目はおもしろいので紹介します。
「オモダルの神」と「イモ・アヤカシコネ神」
注によると「おもだる」というのは男神が女神の容貌を賛美する言葉で、「あやかしこ」は女神が「もったいないことを」と答える意味だそうです(イモは妹で女性の意味)。
そして「誘う(いざなう)」意味の「イザナキの神」と「イザナミの神」が生まれます。
この二人の国生みのおはなしは次の記事へゆずります。
地上世界の神さまたちを「神世七代(カミヨナナヨ)」と呼びます(独神は1人で一代と数えます)。
世界はどうやって生まれたのか?
以上、ご紹介した天地創成のおはなしは『古事記』をマンガにしたものなどでは、たいてい省略されるくだりです。
本文でも神さまの名前が羅列してあるだけで、物語性もなく、読み飛ばしがちです。
それを、あえて長々とご紹介したの物語にとって宇宙創成のくだりは重要だからです。
科学者は、宇宙はビッグバンで生まれたという仮説を立てています。それには科学的な計算にもとづく根拠もありますが、もちろん人間に真偽はたしかめられません。
また、ビッグバンの前はどうなっていたかとなると不明です。
人間は未知なるものに恐怖と好奇心を抱きます。因果関係を説明をしようとします。そこに物語が発生します。
雷を電気による自然現象だとすれば科学ですが、それがわからない頃は神が怒っている=神鳴りと説明しました。
『古事記』は国家によって編撰されているため、ポリネシアやネイティブアメリカンの部族に伝わる神話などより神秘性が奪われていますが、その片鱗はみられます。(くわしくは物語論のはなしになるので、詳細はこちらの記事をご覧ください→「無からの創成」と「無への到達」(中級編8))
緋片イルカ 2020/10/11