モーニング 2020年13号 [2020年2月27日発売]に掲載されている『ぱいどん』はAIを使って手塚治虫の新作マンガを生み出すというプロジェクトで生み出されたマンガだそうだ。AIで物語をつくるという試みは興味があるので注目している。
このマンガを読んだ多くの人が感じるのは、以下のような感想ではないだろうか。
「たしかに手塚治虫っぽい!」
「でも、なんか違う……」
マンガ技法については専門外なので印象を述べるにとどめるが、画風はよく似ている。キャラクターも手塚っぽい(どこかで見たようなという意味でも)。コマ割は現代的で似ていない。ここは漫画家として名前がでている桐木憲一氏によるものだろうか。
以下、ストーリーを中心にAIで物語をつくることについて考えていく。
似せるだけなら同人誌以下
AIでストーリーを作ろうとしたとき、問題となるのは「目標設定」である。
「手塚治虫に似せること」を目指すのか? それとも「手塚の本質」を目指すのか?
似せるだけであれば、必ずしもAIを使う必要はない。手塚治虫の作品を読み込んで同人誌を描くのと変わらない。世界的な名画でも贋作があるぐらいなのだから難しくない。
過去に『ドラえもん』の最終回として描かれた同人誌が権利侵害として問題になったことがあったが、あの作品は話題になるほどに、よくできていたから問題になったのだ。読者が面白いと思ったのだ。オチは『キテレツ大百科』の最終回と同じなので藤子不二雄作品の特徴をよくつかんだ作者だった。
AIはラーニングのスピードや、特徴を客観的に抽出する能力では、人間より遥かに上だろうが、それをまとめあげて、一つのマンガに仕上げるのは人間に劣る(今のところは)。
『ぱいどん』でも結局は仕上げの部分はすべて人間がやっている。
マンガはストーリーだけでなく、作画とコマ割(演出)があるので、小説よりもCGアニメに近い。まだ文字だけの小説ですら、人間を超えてはいない現状で、AIだけで完成されたマンガを作ることは不可能である。それが可能になれば、逆にピクサーのようなCGアニメすら量産できるようになるのだろう。
手塚作品の面白さの本質は?
物語創作にAIを使う上で、一つの目指すべき方向性は「面白さ」の追及である。「売れる」と言い換えてしまってもいい。
『ベストセラーコード』によれば、英語で書かれた小説であれば、編集者の勘よりも高い精度でアメリカで売れるかどうかを数値として予測できるらしい。
このプログラムには過去の売れた本をラーニングさせている。それに対して『ぱいどん』では以下のような学習をさせたとある。
短編作品131エピソードを手塚プロダクションの13名が分担してストーリー構造の抽出を行う。長編60作品についても同じ作業を2名が行った。そして300人の主人公キャラクターそれぞれの属性値を入力し、設定ファイルを作る。この作業は手塚眞氏が担当。ここから、多数の新作漫画のプロット(物語の筋)をAIが自動生成する過程に移り、その中から129案をプロジェクトメンバーで共有した。
結局、手塚治虫作品しか学ばせていない。大人数が関わるプロジェクトゆえ、個性も出しづらい点でも同人誌よりも表現の幅が狭まってしまっているだろう。これでは「面白さ」は生まれない。
『ぱいどん』を読んで率直に思ったのは「これ、手塚治虫を一冊も読んだことない子供が読んで、面白いかな?」ということ。
手塚治虫が今に残るそもそもの要因は面白かったからである。当時、売れていたからである。アニメの『鉄腕アトム』も子ども達を熱狂させた。それが「手塚治虫の本質」といえる。
これをAIで抽出するには、手塚作品だけでなく、多くの人気漫画をラーニングさせる必要がある(多ければ多いほどいい)。
その中で人間が気づいていなかったような「手塚治虫らしさ」が、抽出されてくるはずである。
それは、もはや過去の手塚作品とは似ても似つかないかもしれないが、それこそが手塚治虫の面白さの本質だったりするのだろう。
物語構造の話
AIに物語の完成形を作らせることができないのであれば、AIを道具として使って、新しい創作に活かしていくが問題となる。
このプロジェクトで一番、興味があったのは「分担してストーリー構造の抽出を行う」とあるが、その構造をどうラーニングさせたのかだった。
プロットの生成に使われたのは「慶應義塾大学 栗原研究室」が開発していた「ASBS(Automatic Scenario Building System)」という技術だ。もともとは「完結してしまった学園モノ小説の続きを読んでみたい」と考えた学生が発案したシステムで、「物語は起承転結や序破急のような基本構造を持ち、大まかに13個に分かれる」という仮定を置いて、その構造にあてはめたシナリオパーツを生成する。
グラフがついていて「13のフェーズ」と「3幕編成」という言葉もあった。13フェーズというのがどこかで読んだことあると思ったのだが、思い出せなかったので検索してみたら、『超簡単!売れるストーリー&キャラクターの作り方』という本だった。この本はたしか読んだことがある。
物語をいくつかのパートにわけて捉えるという考え方は、
神話学・民話学のモノミスや、
ヒーローズジャーニーから始まって、
3つに分ければ三幕構成か序破急だし、4つにわければ起承転結、
この「13フェーズ」にわけてもいいし、
ブレイクスナイダーのビートシートであれば15、
それでも不足があるので、僕は17に分けている。
分析に慣れてくれば、当然わかることが、用語の呼び方は違くても、基本は同じである。
ただいくつかのパートに分けて、当てはめるだけならドラマティカなど、ハリウッドではもう20年以上前からやっている。
構成を考える上で重要なのは、その要素があるかどうかではなく、効果的に働いているか、読者にインパクトがあるかということである(=ビートが機能しているかどうか)。
ハリウッド含め、講習会を売りにしている方々は理論ばかり優先していて、その辺りの感覚にやや欠けていることが多い。
『ぱいどん』で具体的にいうなら20ページの漫画でアクト2に入った直後で終わっている(13フェーズに合わせていえば「決意」をして捜査を開始して、最初の「苦境」まで)。
これは現代漫画としてテンポが遅い。次が読みたいというよりは「あれ、もう終わっちゃった」という印象である。
20ページでも「一つ事件を解決してホッとしたところで、次の事件が起こって終わる」ぐらいはできる。それぐらいでなければ、読者の興味を惹いていけないし、連載をしている生身の漫画家さんは、それぐらいの勢いで描いている。
ディズニー映画などは最初の10分で短編映画のように一つの物語が完成している(10分で13フェーズをこなしているといってもいい)し、海外ドラマはものすごいテンポでビートを入れてくる。
こういった構成に対する現代的、現場的な視点がなければ、いくつに分けようとも、研究ばったマンガしか作れないだろう。
もったいないなあ。
緋片イルカ 2020/02/28