当サイトは「面白い物語を作るため」が方針で、書き方や原稿ルールなど初歩的なことは記事にしません。「脚本作法」シリーズはライターズルームへの共有として残しているものです。シナリオスクールやコンクール応募時のルールとは違う部分があっても、こちらでは責任は負えません。
脚本見本
まずは添削の基本となる脚本をお読みください。川尻佳司さん『バレンタイン』v1のワンシーンです。
※この作品はライターズルームのメンバーによるもので、作者の了承を得た上で掲載しています。無断転載は禁止します。本ページへのリンクは可能です。
大地「え? あ、ああ、そうそう全然知らない、あいつの存在は俺の中になかったね、うん、それがさ急にあいつからバレンタインの日に……(泣き始める)」
麟「どうした? 大地」
大地「いや、感動して、うん、泣けてきた」
麟「すごいよ、おまえ、尊敬する、そんだけ人を好きになれるとはなあ」
ト書きにする意義
脚本見本のように、セリフ内に括弧で補足を入れる書き方があります。
ここでは(泣き始める)という一文です。
厳密なルールではありませんが、このシーンなら「ト書きにしてください」と指導します。
修正例1:
大地「え? あ、ああ、そうそう全然知らない、あいつの存在は俺の中になかったね、うん、それがさ急にあいつからバレンタインの日に……」
大地、泣き始める。
麟「どうした? 大地」
どっちでも「同じじゃん?」と思う人は「ト書きの役割」を理解していないかもしれません。
セリフ内に( )で入れるということは補足的な説明です。
ざっくり言えば「親切のため( )で説明してるけど、なくてもいいよ」ぐらいだと思ってください。
「泣く」という大きな感情動作を、補足で済ませるのは乱暴な書き方です。
しっかりとト書きにすることで、しっかりと映像として見せてくださいという意図になります。
ただし、伝えたい感情や演出によっては、むしろ(泣き始める)を削除する方針もありえます。
演出方針は無限にあるので、いつでも正しい答えなどありません。
脚本に書いたとて、無視されることも、伝わらないことも多々あります。
それでも「脚本家なりの方針」を文章に込める必要があります。
丁寧に比較していきましょう。
きちんとト書きにする場合
元の脚本(再掲):
大地「え? あ、ああ、そうそう全然知らない、あいつの存在は俺の中になかったね、うん、それがさ急にあいつからバレンタインの日に……(泣き始める)」
麟「どうした? 大地」
まずは、元の脚本の場合、どのような演出になるか考えてみましょう。
大地はセリフを言いながら「泣き始める」ことになります。
この場合、泣き始めるは人間の具体的な動作として、何でしょうか?
鼻をすする?
涙が一筋流れる?
顔をくしゃくしゃにする?
脚本からはわかりません。演出任せとも言えます。
演出家と気心が知れていたり、信頼のおける演出家であれば「あえて曖昧にして任せる」という書き方もあります。
ですが、それなら「きちんと曖昧に書くべき」です。
この脚本は全体の統一感から見て「あえて」でないことは明白で、「脚本家なりの方針」を込めていないためブレブレなのです。
修正例1(再掲):
大地「え? あ、ああ、そうそう全然知らない、あいつの存在は俺の中になかったね、うん、それがさ急にあいつからバレンタインの日に……」
大地、泣き始める。
麟「どうした? 大地」
この書き方をした場合、演出をどのように変化するでしょうか?
一つ目の大地のセリフの後「大地、泣き始める」というト書きがしっかりあるため、演出家はこれをショットとして収めます。
つまり「大地の泣く演技をしっかり見せてください」という書き方になります。
これでも、どういう、泣き方をするのかの指定はありません。
ここまでの脚本で「大地というキャラクター」を充分にセットアップしてあれば、この書き方もありえます。
脚本を読んだ人の十中八九の人が「大地の泣き方はこうだろう」と思うようなときです。
それでも、役者や演出家なりの解釈をしてほしいようなとき、あえて「泣き始める」と書くことで、幅をもたせるのです。
一方で、演出力が足りなかった場合、キャラクターにそぐわない大げさな泣き方などをされて、雰囲気が台無しになる場合もあります。
そういう意味でも「脚本家なりの方針」をト書きに書いておくべきだと、僕は思います。
「脚本家なりの方針」とは先にあげた「鼻をすする」「涙が一筋流れる」「顔をくしゃくしゃにする」といった具体的なト書きです。
これによって、大地とはこういう泣き方をするキャラクターですという表明になります。
人間としてのリアリティも重要です。
男子高校生が友人の前で、どんな泣き方をするか?
マンガやアニメでは許容されることが、人間の役者が演じた途端、嘘くさく見えることは多々あります。
また、ここからも重要ですが、この具体的な書き方をしたときには、次のセリフも変わってきます。
修正例2:
大地「え? あ、ああ、そうそう全然知らない、あいつの存在は俺の中になかったね、うん、それがさ急にあいつからバレンタインの日に……」
大地、手で顔を覆う。
麟「どうした? 大地」
これは、麟の「どうした?」は自然なリアクションに見えます。
修正例3:
大地「え? あ、ああ、そうそう全然知らない、あいつの存在は俺の中になかったね、うん、それがさ急にあいつからバレンタインの日に……」
大地、声を上げて泣き始める。
麟「どうした? 大地」
これだと「どうした?」の意味合いがまるで変わります。
つづきを読んでいくと大地のキャラクターが違うのがわかります。
修正例2つづき:
大地「え? あ、ああ、そうそう全然知らない、あいつの存在は俺の中になかったね、うん、それがさ急にあいつからバレンタインの日に……」
大地、手で顔を覆う。
麟「どうした? 大地」
大地「いや、感動して、うん、泣けてきた」
麟「すごいよ、おまえ、尊敬する、そんだけ人を好きになれるとはなあ」
修正例3つづき:
大地「え? あ、ああ、そうそう全然知らない、あいつの存在は俺の中になかったね、うん、それがさ急にあいつからバレンタインの日に……」
大地、声を上げて泣き始める。
麟「どうした? 大地」
大地「いや、感動して、うん、泣けてきた」
麟「すごいよ、おまえ、尊敬する、そんだけ人を好きになれるとはなあ」
ト書きが「泣き始める」だけのときとも比較してみてください。
修正例1つづき:
大地「え? あ、ああ、そうそう全然知らない、あいつの存在は俺の中になかったね、うん、それがさ急にあいつからバレンタインの日に……」
大地、泣き始める。
麟「どうした? 大地」
大地「いや、感動して、うん、泣けてきた」
麟「すごいよ、おまえ、尊敬する、そんだけ人を好きになれるとはなあ」
「泣き方」が指定されていないだけ、ト書き一行の書き方で、印象がまるで違うことがおわかりでしょうか?
具体的な動作をイメージして書かないと、本当の意味でセリフなど書けないのです。
説明的なセリフが多くなるのは、イメージができていない証拠ともいえるかもしれません。
ト書きにしない場合
つぎは(泣き始める)という一文を、ト書きにもせず削除してしまう方針も考えてみます。
修正例4:
大地「え? あ、ああ、そうそう全然知らない、あいつの存在は俺の中になかったね、うん、それがさ急にあいつからバレンタインの日に……」
麟「どうした? 大地」
大地「いや、感動して、うん、泣けてきた」
麟「すごいよ、おまえ、尊敬する、そんだけ人を好きになれるとはなあ」
削除しても、その後の「うん、泣けてきた」という大地のセリフから泣いていることは充分に伝わります。
ただし、麟「どうした?」の前、何が起きているのか不明です。
先にト書きで泣き方を書くバージョンを考えたので、自然と何か浮かんでしまう人も多いかも知れませんが、初見でこの脚本を読んだとしたら「不明」です。
演出をイメージしてみます。このシーンで、大地のセリフを言うとき映像には何を映すべきでしょうか?
ベーシックな一例でいえば「喋っている大地の顔」か「聞いている麟の顔」でしょう。
感情的なシーンなので、カメラを引いて二人を収めるショットでは物足りません。
大地のセリフのうち、
大地「え? あ、ああ、そうそう全然知らない、あいつの存在は俺の中になかったね」
ぐらいまでは「喋っている大地の顔」で撮り、その後のセリフは「聞いている麟の顔」を映しながら声を被せて、
麟「どうした? 大地」
という表情を映します。観客には「何か起こった?」という興味がわきます。
カメラを切り返して大地の顔が映ったときには、泣いている大地とともに、
大地「いや、感動して、うん、泣けてきた」
こういった演出をすれば、何気ない会話シーンでも観客の興味を引っ張ることができます。
ですが、ト書きなどの指定のない脚本から、こういった演出を誘導できるかは怪しいものです。
「脚本家なりの方針」を込めているとはいえません。
ここでも演出家を信頼して任せるという方針もあります。
その場合、セリフが徹底的に作り込まれているのであれば、脚本家なりの方針を示しているといえるでしょう。
先にも書いたように男性高校生のセリフや態度として、この脚本がどこまでリアルか?疑問を感じます。
思春期の男子高校生が、友人の前で、恋愛話をしておめおめと泣くでしょうか?
もちろん、泣くことはあります。
観客にも「ああ、こんなことあったら泣いちゃうよな~」と思わせる流れの上であれば共感されます。
あるいは「大地ってこういうとき泣いちゃう子だよね~」というセットアップができていれば問題はありません(観客にとって面白いか?という問題がありますが)。
僕が創り出したキャラクターではないので正解は出せませんが、たとえばリアリティに寄せた一例を示すと、
修正例5:
大地「そういうことね。だからバレンタインの日に……」
麟「どうした?」
大地「いや……」
麟「すげえな、おまえ」
大地「は?」
麟「尊敬するよ、そんだけ人を好きになれるとはなあ」
大地「そんなんじゃねえよ」
極力、リアルな人間に近づける(ただし伝えるべき情報やセリフは残す)と、人間としての実感が出てきます。
ト書きはないけれど、なんとなく雰囲気が出ます(出ていないと感じる人がいれば、それは僕の腕の未熟さゆえです)。
とはいえ、大地も麟も、僕が創り出したキャラクターではないので、これは僕の解釈に過ぎません。
正解は作者にしか出せません。
作者自身が、責任をもって書くべきものなのです。
セリフに( )を使う例
今回は( )で済ませずに「きちんとト書きにしなさい」という説明をしましたが、逆に( )で処理した方がいいんじゃないという例も簡単に示しておきます。
例1-1:
教師「以後気をつけるように。いいな?」
太郎「(小声で)ふざけんなよ」
教師、去っていく。
(小声で)がないと太郎の声量がわかりません。
例1-2:
教師「以後気をつけるように。いいな?」
太郎、小声で、
太郎「ふざけんなよ」
教師、去っていく。
「小声で」というのは演技的な動作ではないので、ト書きで指定するほどでもないし、読み心地が悪くなります。( )で充分でしょう。
例2-1
太郎「よし、花子は公園にいって準備。(二郎と三郎に)お前たちは学校に戻って鍵を探してくれ」
「お前たち」が誰か間違わないように補足として( )を添えています。
脚本は「設計図」なので間違って伝わらないように念のための丁寧な補足です。
例2-2
太郎「よし、花子は公園にいって準備。二郎と三郎は学校に戻って鍵を探してくれ」
この方針は問題ありませんが、ストーリー内で「二郎と三郎」というキャラが、どこまで重要な働きをしているかにもよります。
あまり重要でないキャラの名前を呼ばせると、観客に思考(文字情報)を意識させてしまうので「お前たち」で済ませる方が効果的な場合があります。
例2-3
太郎「よし、花子は公園にいって準備」
二郎と三郎に、
太郎「お前たちは学校に戻って鍵を探してくれ」
ト書きに立てることで、会話が途切れますが、演出的にはショットが分かれる誘導ができます。
これが重要な作戦で、勢いやリズムをつけたいときは、このように書くことでショットも「花子に指示」「二郎と三郎に指示」というテンポが出ます。
こういうテンポで書くからには、
例2-4
太郎「よし、花子は公園にいって準備」
二郎と三郎に、
太郎「お前たちは学校に戻って鍵を探してくれ」
花子「太郎はどうするの?」
太郎「帰って寝る」
など、会話にもテンポを持たせてほしいところです。
例3-1
太郎、電話に出る。
太郎「もしもし……」
謎の男「(電話)娘は預かった」
この場合の(電話)は受話器ごしの補足。
カメラには太郎を収めて、受話器から謎の男の声だけが聞こえるという演出への誘導になります。
例3-2
太郎、電話に出る。
太郎「もしもし……」
× × ×
ビルの屋上。謎の男、双眼鏡で太郎を見ている。
謎の男「お前の娘は預かった」
このようにすると、話している謎の男も映像に見せる誘導になります(※男の場所を「×××」で処理するか、柱を立てるかの説明は割愛)。
ここでは、謎の男の姿を見せる意義を考えて、書き分けるべきです。
どのようなストーリーで「相手の姿が見えないままのがサスペンスが高まるのか?」とか「あえて見せることによる効果」など。
例3-3
太郎、電話に出る。
太郎「もしもし……」
× × ×
ビルの屋上。謎の男、双眼鏡で太郎を見ている。
謎の男「娘は預かった」
× × ×
太郎「お前、誰だ?」
謎の男「(電話)俺の声を忘れたか?」
× × ×
謎の男の顔が映る。二郎である。
もちろん二郎をそれまでにセットアップしてあって、観客に「え、あいつだったの?」となるような場合のシーンです。
ちなみに、このシーンでは地声かボイスチェンジャーを使っているかどうかが大事なので明記しておくべきでしょう。
例3-4
太郎、電話に出る。
太郎「もしもし……」
謎の男「(電話)娘は預かった」
ボイスチェンジャーは使っていない。
ト書きでしっかりと書いておけば、各セリフにいちいち補足しなくてもわかります。常識的に。
例4-1
太郎「遅れてごめん、道間違えちゃってさ」
花子「もういいよ」
太郎「もしかして怒ってる?」
花子「べつに」
太郎「いや、怒ってるでしょ」
花子「お腹空いたんだけど」
太郎「ごめんごめん、飯行こう」
花子「うん」
このときの花子の感情はどうでしょう?
声のトーンが不明なので、AIみたいな平坦な喋りになってしまっています。
例4-2
太郎「遅れてごめん、道間違えちゃってさ」
花子「(冷たく)もういいよ」
太郎「もしかして怒ってる?」
花子「べつに」
太郎「いや、怒ってるでしょ」
花子「お腹空いたんだけど」
太郎「ごめんごめん、飯行こう」
花子「うん」
(冷たく)があるだけで、花子の感情がでます。
例4-3
太郎「遅れてごめん、道間違えちゃってさ」
花子「(ヒステリックに)もういいよ」
太郎「もしかして怒ってる?」
花子「べつに」
太郎「いや、怒ってるでしょ」
花子「お腹空いたんだけど」
太郎「ごめんごめん、飯行こう」
花子「うん」
花子のキャラや態度がだいぶ変わりました。
ここまでのシーンで花子のキャラクターがセットアップできていれば「そのシーンでのテンション」を伝えるだけで充分ですが、このシーンが花子の初登場であれば、ト書きにしてセットアップしていく方法もあります。それは、大地の(泣き方)をどう書くかと同じ問題です。
例4-4
太郎「遅れてごめん、道間違えちゃってさ」
花子「(明るく)もういいよ」
この(明るく)だけを見ると、花子は怒ってないように見えるかもしれませんが、
例4-5
太郎「遅れてごめん、道間違えちゃってさ」
花子「(明るく)もういいよ」
太郎「よし、飯食いに行こう」
花子「うん」
太郎の背中を見つめる、花子の笑顔がスッと消える。
怒りの表し方もキャラクター次第だということを意識しながら、クリシェな感情表現に陥らないように注意しましょう。
以上、いくつかセリフ内の( )で処理してしまって良さそうな例を示しましたが、ポイントはどれも声のトーンや状態など、セリフに関する補足だということです。
冒頭で引用したような(泣き始める)というような動きは、( )で処理するような情報ではないということ。
ト書きにするべきか、削除するべきか、「脚本家なりの方針」を込めて書くことが大切です。
緋片イルカ 2023.3.20