小説『神様』川上弘美:透明な文体とマジックリアリズムの探求


神様 (中公文庫)

マジックリアリズムの探求

次回の読書回では川上弘美さんの作品をとりあげています。

その狙いのひとつに「マジックリアリズム」の効果の探求があります。

「マジックリアリズム」という文学用語は、一般にはそれほど認知されていないと思います。僕も文芸批評などでしか目にしたことがありません。「魔術的リアリズム」と訳されたりもしています。

広辞苑には以下のようにあります。

マジック‐リアリズム
(magical realism イギリス・realismo mágico スペイン)魔術的リアリズム。現実と幻想の混交した、ガルシア=マルケス・アストゥリアス・カルペンティエールらラテン‐アメリカ小説の特徴を指す。ラシュディ・莫言などのスペイン語圏外の作品にもいう。

この定義は拡大されて、たとえば村上春樹さんの『ねじまき鳥クロニクル』なども含まれるそうです。

読書会では簡単な歴史からとりあげようとは思っていますが、僕(および当サイト)の目的は、文芸批評ではなく、あくまで創作への活用なので、注目したいのは、作品の定義や分類ではなくて、「マジックリアリズムの効果」です。

「マジックリアリズム」の手法を入れることで、作品にどんなテーマや意義が付与されるかといったことです。

とくにファンタジーやSFとの境界は曖昧です。批評家によっては定義では厳密な定義があるでしょうが、物語上の効果としてはは同等に思えます。

あるいは、同じではないのか?

違うなら、何が、どう違うのか?

そういったことが、僕の「マジックリアリズムの探求」です。

短篇ごとの印象

『神様』は川上さんのデビュー作を含む9作品の短篇集です。

一作をのぞいて、すべてに「非現実的な要素」を含みます。

収録順に挙げると、

『神様」:くまの擬人化
『夏休み』:畑に現れる生きもの
『花野』:叔父の幽霊
『河童玉』:河童
『クリスマス』:壺から出てくるコスミスミコという少女
(『星の光は昔の光』:えび男くんという人間の少年)
『春立つ』:雪の世界に住む男
『離さない』:人魚
『草上の昼食』:『神様』のくま

このうち『花野』の幽霊、『河童玉』の河童、『クリスマス』壺から出てくる少女、『離さない』の人魚は、設定にオリジナリティはありません。

文章が読みやすく、とても澄んだ表現なので、文学というより童話の印象を受けます。読みやすい反面、つっかかるところも少ないのです。

河童や人魚などの童話的モチーフを使うことで、特別なテーマを掘り下げているようにも見えません。

また『星の光は昔の光』のえび男くんという少年は、名前こそ変わっていますが(変わったネーミングには何か意味を感じますが)、あくまで人間なので、ふつうの主人公と悩みを抱えた少年の交流話です。

『夏休み』に登場する謎の生きものは、それがどんな生物こそ書かれていませんが、ただの小さな動物のようにも見えてしまいます。かわいらしい描写はありますが、不思議という印象を起こしません。そういう意味で、特別な効果を生んでいないように思います。

「不思議さ」というのはマジックリアリズムの効果を考えるカギのように感じています。

『春立つ』は、「非現実な対象」と出会うのが、自分ではなく飲み屋の女カナコです。伝聞の形で書かれているので、他の短篇とくらべて一歩、引いたところから描かれています。それゆえ「非現実的な現象」がカナコの作り話かもしれないという距離を生むので、不思議さに対する効果は弱まっているようにも思います(これは前回の読書会でとりあげた「信頼できない語り手」とも関連します)

残りは『神様』と『草上の昼食』のくまです。

この『神様』という作品は川上さんのデビュー作で、また2011年には書き直している作品だそうです。古いものから順番に読んでいるので、どう変わっているのかは、読んだときにまた記事にしようと思います。

『草上の昼食』は『神様』と対になっている作品です。

『神様』では、擬人化されたくまとのピクニックという、ほのぼのした、いかにも童話的な作りでしかなかったものですが、『草上の昼食』ではそのくまとの別れが描かれます。

故郷に帰るという、くまは「人間社会」での生きづらさや差別をにじませます。

ここにも、マジックリアリズムの効果の一つがありそうに感じていますが、擬人化・擬物化して、ふつうでは言いづらいことを言うというのは、まさに童話の技法の範疇なので、まだまだ特別とは言えないように思います。

透明な文体

川上さんの文章について感じた印象をいくつかの言葉で挙げるとすると「飾らない」「素直」「おっとり」「まろやか」といったところでしょうか。

透明な文章ともいえそうです。

この透明さが「不思議なもの」を、そのままに描く手法につながっています。

「くまにさそわれて散歩に出る」ことに、驚きや疑問はなく、素直に受け入れているのです。

この透明さは、マジックリアリズムにつながる土台になるような気がしてます。

(また、一人称の主体のセリフは地の文に書くスタイルは書き方の特徴だと思います)

川上さんの、次の作品を読み進めながら、探求をつづけたいと思います。

緋片イルカ 2020/12/18

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