公式サイト
https://www.kitaro-tanjo.com/
映画館にて上映中の作品ですがストーリーの核心について触れている箇所がございます。ご了承の上、お読み下さい。
感想
「好き」5 「作品」5 「脚本」5
鬼太郎は幼少期に見ていたぐらいで個人的な思い入れがある。時代もあって、その頃の鬼太郎は子供向けに明るく改変されていた。妖怪は人間社会を荒らすただの悪者で、鬼太郎の家の妖怪ポストには困った人からの手紙が届き、出向いていった鬼太郎が妖怪を退治して解決する勧善懲悪のストーリー。片目を隠す髪型、リモコン下駄、毛バリ攻撃、ちゃんちゃんこ、一反木綿に乗る姿などに幼な心にヒロイックな憧れを抱いていた。それから10年以上、高校生ぐらいになって、懐かしさもあって原作のマンガを読んで、幼い頃とのギャップに驚いた。同時期に、朝のTVアニメでリメイクが放映開始した。最近もやっているらしいが、そのあたりはほとんど知らない。高校生のときのはビジュアルは綺麗になっているが、まだネコ娘が美少女化しきっていなかったと思う(そういえば昔は夢子ちゃんっていうヒロイン的な人間キャラがいた気がするが)。リメイクの鬼太郎で覚えているのは、山が自然破壊されて住めず暴れている妖怪が、鬼太郎に対して「お前はなぜ、妖怪のくせに人間の味方などするのだ」と問いかけていて「人間の味方となって同族と闘う異民族」はヒーローのベタパターンのひとつだが、当時はそんなことまで考えないが、まあ、かっこいいなと思ったのを覚えている。高校の文化祭で演劇をやることになって鬼太郎をやろうと力説した記憶がある(ちなみに題目を決める投票結果は演劇部の子が書いたヤンキー版ロミオとジュリエットになった)。今回の映画では、そういった鬼太郎への個人的な思い入れだけで興味をもっていて、友人が制作に関わっているというのも聞いて「ちょっと見てくるか」ぐらいの気持ちであったが、行こうとした日に満席で入れずタイミングを見計らっていた。評判もいいという噂も聞いた。内容とか事前情報もほとんど聞かずに観に行った。『墓場の鬼太郎』のあらすじは知っていたので、だいたい、あんなかんじだろうと。
以下、ネタバレ含む
ストーリーは水木という男の視点で、犬神家などによくある「一族の後継者争い」を描く。『ミステリ言う勿れ』もそうだったが、この手の話が好きな層があるように思う。鬼太郎に興味がないけど、雰囲気に引かれた観客もいるのではないか。館内は6:4ぐらいで女性客が多いようだった。アニメ好き層も含むかもしれない。「一族の後継者争い」ものは演出的に非日常感の描き方が重要だが、それは十分に出ていた。連続殺人が起こり、途中から鬼太郎の父(目玉おやじでもある)にあたるゲゲ郎との関係が始まり、犯人捜しは妖怪による仕業だというホラー・サスペンスへとスライドしていく。移行はスムーズで違和感はなかったし、そこまでアクションを見せずにミステリの構成で引っぱっていたのも我慢が効いた構成で好印象だった。アクト3では後述する「処理の問題」が多数露呈していたが、テーマ、メッセージ性は伝わって素直にいい映画と思える感動があった。
脚本上の問題点と改善案
●現代時制とのバランス
トップシーンは鬼太郎と雑誌記者の追求から始まる(一応、現代時制と呼ぶ)。「鬼太郎誕生の秘密」を探っているというようなセリフがあったが、これはメタすぎて説明的、観客の興味を惹くセリフになっていない。「人間は知らなくていい過去」とか「知ってしまったら後戻りはできない」とか、プレミス的なアオリから過去に繋げれば導入がスムーズになった。過去の水木に入るまでのテンポは速いが、速すぎてとってつけたようなシーン(鬼太郎の顔見せをするだけ)にしかなっていないのがもったいない。次に現代時制に戻ってくるのは、男の子が「狂骨」になっているのを成仏させるシーン。戻し方が唐突で乱暴に感じるが、アクト2で一切戻していないためや、そもそも現代時制のフリが足りていないともいえる。時制を動かすことは観客の集中を切ってしまう要因にはなるが、現代時制の使い方自体がとってつけたようになっている(プロットとして機能していない)ため、処理に困っているような印象。結局は、極力、戻さない方がいいという判断になったので現状の形になったのではないかと感じる。選択肢としては「現代時制を全く入れない」もあったのだろうが、鬼太郎を出すのは企画上マストだったのだろう。それならそれで効果的に活かす処理をしていないのがもったいない。次項とも関わるがテーマをしっかりと据えていれば、現代時制の使い方、戻し方に可能性があったはず。
●テーマの統一感の悪さ
演出は良くてテンポもいいので、あまり考える余裕もなく見れてしまう。その中で、いくつかのキャラクターに感情的フックがあり、多くの観客が、どれかにはフックされて楽しんだと思うが、アクト3ですべてが集約されていくような勢いはやや足りていなかった。クライマックスの盛りあがりが全く欠けるような作品もあるが、そこまで欠けてはいないが、勢いが削がれていた。これは脚本、主に構成上では大きなマイナスになる。もったいない。もっと感動的にできたのに。
キャラクターの感情的なフックを整理すると、以下。
水木 → 戦争体験と、そこで見た一部の人間の身勝手さへの怒り(現代社会に重なる部分も多い)。
ゲゲ郎 → 元々は人間嫌いだが、人間と共存しようとする妻との関係。その妻は行方不明で探していて、見つけたときには妻は血液を搾取されているという悲劇。子供=鬼太郎のために自らの命(肉体?)を犠牲にする。
サヨ(沙代) → 一族の被害者。祖父の慰みものにされていた。村から出たいが出れない悲劇と怒り。
トキヤ(時弥、男の子) → 明るい未来を夢みていた、いたいけな少年が無残に殺される。
サヨ、トキヤあたりの設定は惨く、この辺りの哀しさにあっさりとフックされてしまう観客は多いだろう。現代の、とくにアニメ好きの層はこれぐらいのエグさを好みがちな気がする。そういった無慈悲な世界でも、ゲゲ郎が生まれてくる息子のために自らの命をかけて守ろうとする姿にも「世界系」の趣がある。シーン単位では、それらの感情にフックされるが、全体を通して、テーマがディベートされていたかとなると怪しい。面白く興味を引っぱる演出は出来ているが、テーマを伝えきるほどには構成できていなかった。
何をどう掘り下げるかは企画や作家が決めることなので、一概に言えないが、一例としてあげると「現代時制の鬼太郎が父の思いをどう受け止めるか」という構成もありえる。そうなると、ミステリーの真相を追う探偵役を担っていた水木は「幽霊族の悲劇」という真相を前にして、ラストシーンは「鬼太郎を殺そうか迷うが抱き上げること」ではなかったはず。水木としてのキャラクターアークも作れた(言い換えれば水木のドラマの処理がおざなりになっている)。現代時制で、引き継ぐにしても雑誌記者はやや弱い。アニメシリーズなどのフリがあるかはわからないが、設定以外に何もわからないので、前向きなセリフを吐いているが響かない。
ほかにも改善案としては「狂骨」という妖怪をしっかりとテーマアイテムに据えることもできたはず。人間の「恨みなどからなる妖怪」ということはセリフだけでなく、キャラを一人殺してでも映像的にセットアップしておく必要があった。それだけで最後の「トキヤ」くんの成仏に意味が出せた。「狂骨」を現代と過去をつなぐ一妖怪という描き方にすれば、時制のブリッジにもなりえた。演出的な部分も関わるが妖怪が「狂骨」ばかりという印象があったが、テーマアイテムであることは、そこに意義がでる。作中で最初に現れた妖怪(水木とゲゲ郎が穴に近づいたときに襲ってきた)が狂骨ではないところにもブレが生まれてしまっている。最初は狂骨を印象づけるべきだった(現代時制でしっかりセットアップしてもよかった)。長田、サヨ、ラストもみな狂骨で映像的な違いも少なく、敵役としてインフレ感も出てしまっているが、「狂骨」の中での違いをしっかり作ることもできただろう。テーマとして捉えていないので、あちこちブレている。
また、「サヨが暴走するシークエンス」と、ラストの「桜のある場所のシークエンス」が、くっきり分けてしまっているのは大きな構成ミスで、あそこでテンションダウンしてしまうのがもったいない。苦し紛れに音楽で演出して引っぱろうとしているが、ストーリー上、あそこを切ったせいで、乙米と長田と、時貞との思惑や関係性が曖昧になってしまい、二つのストーリーが切れたようになってしまっている。言うなればストーリーを順番を片づけたようになってしまっている。ミステリーの結論(犯人)を片づけた印象。書き手としては、複雑なストーリーを、ひとつずつ片づけていきたくなる気持ちはとてもわかるが、ビッグバトルは複雑な感情を交錯させたまま、爆発させた方が効果的になる。処理しきれなかったのだろうという印象。これは、かなりもったいない構成ミスだった。桜というシチュエーションや描写は、梶井基次郎の連想(それと知らずに使っているアニメはたくさんある)から来ているのだろうが、美しさとグロテスクさのバランスもよく見事なシーンだった。だからこそ、もったいない。
●小ネタのセットアップとペイオフ
上記2点は構成に関わる大きくな修正点。その他の小ネタとして、もっとフリとウケで面白味を付加できたと思われる点は、ネズミ男の使い道(後半でも何か使えたはず)、ネコ娘(ただいるだけになっている)、ちゃんちゃんこ=先祖の守り(フリがあれば「おおっ!」と驚けた)、Mという薬と戦争などの関係(前半でフレたし現代社会のテーマにも繋げられたはず)、連続殺人ミステリーのフリをしっかりフッてミスリードもすること(妖怪でジャンルがシフトしてからミステリーの印象が弱くなる。水木がサヨが犯人だと気づいた展開もやや唐突で後説になってしまっている。もっと丁寧に描けたはず)、現代時制の雑誌記者の意味合いを出す(目玉のおやじが過去を話そうと言うタイミングがオカシイ)などなど……
総じて、いくつか気になる点はあるものの、感情的にフックする力があるだけで、最近のアニメではなかなか見れない良作だった。隣の座席でみていた女性二人組はすすり泣いていた。評価が高いものも分かる。日本アニメは演出は素晴らしいが、作品の核となる脚本の方が脆弱なものが多くてもったいないが、メッセージの籠り方には熱があってよかった。構成を整えれば、そのメッセージはもっと強く訴えかけられるのにと思うと、もったいないと思うのだが。
緋片イルカ 2023.12.7
読みやすく修正:2023.12.14
「ゲゲゲ・・・」面白かったです。
ご指摘の改善点はなるほど、と思いました。