ほっこり朗読 江戸川乱歩『怪人二十面相』(16) 午後四時/名探偵の狼藉

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イルカとウマが雑談しながら朗読しています。この作品は僕たちも初見で読んでます。この先、どうなっていくのかなど推理したりツッコミを入れたりしながら楽しんでいますので、みなさんも一緒に楽しんでいただけたら嬉しいです。よかったらコメントなどで推理や感想きかせてください。

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青空文庫:江戸川乱歩『怪人二十面相』

午後四時

 少年探偵団のけなげな捜索は、日曜、月曜、火曜、水曜と、学校の余暇を利用して、忍耐強くつづけられましたが、いつまでたっても、これという手がかりはつかめませんでした。
 しかし、東京中の何千人というおとなのおまわりさんにさえ、どうすることもできないほどの難事件です。手がかりがえられなかったといって、けっして、少年捜索隊の無能のせいではありません。それに、これらの勇いさましい少年たちは、後日ごじつ、またどのような手がらをたてないものでもないのです。
 明智探偵ゆくえ不明のまま、おそろしい十二月十日は、一日一日とせまってきました。警視庁の人たちは、もういてもたってもいられない気持です。なにしろ盗難を予告された品物が、国家の宝物というのですから、捜査課長や、ちょくせつ二十面相の事件に関係している中村係長などは、心配のためにやせほそる思いでした。
 ところが、問題の日の二日前、十二月八日には、またまた世間のさわぎを大きくするようなできごとがおこったのです。というのは、その日の東京毎日新聞の社会面に、二十面相からの投書が、れいれいしく掲載されたことでした。
 東京毎日新聞は、べつに賊の機関新聞というわけではありませんが、このさわぎの中心になっている二十面相その人からの投書とあっては、問題にしないわけにはいきません。ただちに、編集会議までひらいて、けっきょく、その全文をのせることにしたのです。
 それは長い文章でしたが、意味をかいつまんでしるしますと、
「わたしはかねて、博物館襲撃の日を十二月十日と予告しておいたが、もっと正確に約束するほうが、いっそう男らしいと感じたので、ここに東京都民諸君の前に、その時間を通告する。
 それは『十二月十日午後四時』である。
 博物館長も警視総監も、できるかぎりの警戒をしていただきたい。警戒がげんじゅうであればあるほど、わたしの冒険はそのかがやきをますであろう。」
 ああ、なんたることでしょう。日づけを予告するだけでも、おどろくべき大胆さですのに、そのうえ時間まではっきりと公表してしまったのです。そして、博物館長や警視総監に失礼せんばんな注意まであたえているのです。
 これを読んだ都民のおどろきは申すまでもありません。今までは、そんなばかばかしいことがと、あざわらっていた人々も、もう笑えなくなりました。
 当時の博物館長は、史学界の大先輩、北小路きたこうじ文学博士でしたが、そのえらい老学者さえも、賊の予告を本気にしないではいられなくなって、わざわざ警視庁に出向き、警戒方法について、警視総監といろいろ打ちあわせをしました。
 いや、そればかりではありません。二十面相のことは、国務大臣方の閣議の話題にさえ、のぼりました。中でも総理大臣や法務大臣などは、心配のあまり、警視総監を別室にまねいて、激励のことばをあたえたほどです。
 そして、全都民の不安のうちに、むなしく日がたって、とうとう十二月十日となりました。
 国立博物館では、その日は早朝から、館長の北小路老博士をはじめとして、三人の係長、十人の書記、十六人の守衛や小使いが、ひとり残らず出勤して、それぞれ警戒の部署につきました。
 むろん当日は、表門をとじて、観覧禁止です。
 警視庁からは、中村捜査係長のひきいる選えりすぐった警官隊五十人が出張して、博物館の表門、裏門、塀のまわり、館内の要所要所にがんばって、アリのはいいるすきまもない大警戒陣です。
 午後三時半、あますところわずかに三十分、警戒陣はものものしく殺気さっきだってきました。
 そこへ警視庁の大型自動車が到着して、警視総監が、刑事部長をしたがえてあらわれました。総監は、心配のあまり、もうじっとしていられなくなったのです。総監自身の目で、博物館を見守っていなければ、がまんができなくなったのです。
 総監たちは一同の警戒ぶりを視察したうえ、館長室に通って北小路博士に面会しました。
「わざわざ、あなたがお出かけくださるとは思いませんでした。恐縮です。」
 老博士があいさつしますと、総監は、少しきまりわるそうに笑ってみせました。
「いや、おはずかしいことですが、じっとしていられませんでね。たかが一盗賊のために、これほどのさわぎをしなければならないとは、じつに恥辱です。わしは警視庁にはいって以来、こんなひどい恥辱を受けたことははじめてです。」
「アハハ……。」老博士は力なく笑って、「わたしも同様です。あの青二才あおにさいの盗賊のために、一週間というもの、不眠症にかかっておるのですからな。」
「しかし、もうあますところ二十分ほどですよ。え、北小路さん、まさか二十分のあいだに、このげんじゅうな警戒をやぶって、たくさんの美術品をぬすみだすなんて、いくら魔法使いでも、少しむずかしい芸当じゃありますまいか。」
「わかりません。わしには魔法使いのことはわかりません。ただ一刻も早く四時がすぎさってくれればよいと思うばかりです。」
 老博士は、おこったような口調でいいました。あまりのことに、二十面相の話をするのも腹だたしいのでしょう。
 室内の三人は、それきりだまりこんで、ただ壁の時計とにらめっこするばかりでした。
 金モールいかめしい制服につつまれた、相撲とりのようにりっぱな体格の警視総監、中肉中背で、八字ひげの美しい刑事部長、背広姿でツルのようにやせた白髪白髯はくはつはくぜんの北小路博士、その三人がそれぞれ安楽イスにこしかけて、チラチラと、時計の針をながめているようすは、ものものしいというよりは、何かしら奇妙な、場所にそぐわぬ光景でした。そうして十数分が経過したとき、沈黙にたえかねた刑事部長が、とつぜん口を切りました。
「ああ、明智君は、いったいどうしているんでしょうね。わたしは、あの男とは懇意にしていたんですが、どうもふしぎですよ。今までの経験から考えても、こんな失策をやる男ではないのですがね。」
 そのことばに、総監は太ったからだをねじまげるようにして、部下の顔を見ました。
「きみたちは、明智明智と、まるであの男を崇拝でもしているようなことをいうが、ぼくは不賛成だね。いくらえらいといっても、たかが一民間探偵じゃないか。どれほどのことができるものか。ひとりの力で二十面相をとらえてみせるなどといっていたそうだが、広言がすぎるよ。こんどの失敗は、あの男にはよい薬じゃろう。」
「ですが、明智君のこれまでの功績を考えますと、いちがいにそうもいいきれないのです。今も外で中村君と話したことですが、こんなさい、あの男がいてくれたらと思いますよ。」
 刑事部長のことばが終わるか終わらぬときでした。館長室のドアがしずかにひらかれて、ひとりの人物があらわれました。
「明智はここにおります。」
 その人物がにこにこ笑いながら、よく通る声でいったのです。
「おお、明智君!」
 刑事部長がイスからとびあがってさけびました。
 それは、かっこうのよい黒の背広をピッタリと身につけ、頭の毛をモジャモジャにした、いつにかわらぬ明智小五郎その人でした。
「明智君、きみはどうして……。」
「それはあとでお話します。今は、もっとたいせつなことがあるのです。」
「むろん、美術品の盗難はふせがなくてはならんが。」
「いや、それはもうおそいのです。ごらんなさい。約束の時間は過ぎました。」
 明智のことばに、館長も、総監も、刑事部長もいっせいに壁の電気時計を見あげました。いかにも、長針はもう十二時のところをすぎているのです。
「おやおや、すると二十面相は、うそをついたわけかな。館内には、べつに異状もないようだが……。」
「ああ、そうです。約束の四時はすぎたのです。あいつ、やっぱり手出しができなかったのです。」
 刑事部長が凱歌がいかをあげるようにさけびました。
「いや、賊は約束を守りました。この博物館は、もうからっぽも同様です。」
 明智が、おもおもしい口調でいいました。

名探偵の狼藉

「え、え、きみは何をいっているんだ。何もぬすまれてなんかいやしないじゃないか。ぼくは、つい今しがた、この目で陳列室をずっと見まわってきたばかりなんだぜ。それに、博物館のまわりには、五十人の警官が配置してあるんだ。ぼくのところの警官たちはめくらじゃないんだからね。」
 警視総監は、明智をにらみつけて、腹だたしげにどなりました。
「ところが、すっかりぬすみだされているのです。二十面相は例によって魔法を使いました。なんでしたら、ごいっしょにしらべてみようではありませんか。」
 明智は、しずかに答えました。
「フーン、きみはたしかにぬすまれたというんだね。よし、それじゃ、みんなでしらべてみよう。館長、この男のいうのがほんとうかどうか、ともかく陳列室へ行ってみようじゃありませんか。」
 まさか明智がうそをいっているとも思えませんので、総監も一度しらべてみる気になったのです。
「それがいいでしょう。さあ、北小路先生もごいっしょにまいりましょう。」
 明智は白髪白髯の老館長にニッコリほほえみかけながら、うながしました。
 そこで、四人は、つれだって館長室を出ると、廊下づたいに本館の陳列場のほうへはいっていきましたが、明智は北小路館長の老体をいたわるようにその手を取って、先頭に立つのでした。
「明智君、きみは夢でも見たんじゃないか。どこにも異状はないじゃないか。」
 陳列場にはいるやいなや、刑事部長がさけびました。
 いかにも部長のいうとおり、ガラス張りの陳列棚の中には、国宝の仏像がズラッとならんでいて、べつになくなった品もないようすです。
「これですか。」
 明智は、その仏像の陳列棚を指さして、意味ありげに部長の顔を見かえしながら、そこに立っていた守衛に声をかけました。
「このガラス戸をひらいてくれたまえ。」
 守衛は、明智小五郎を見知りませんでしたけれど、館長や警視総監といっしょだものですから、命令に応じて、すぐさま持っていたかぎで、大きなガラス戸を、ガラガラとひらきました。
 すると、そのつぎのしゅんかん、じつに異様なことがおこったのです。
 ああ、明智探偵は、気でもちがったのでしょうか。彼は、広い陳列棚の中へはいって行ったかと思うと、中でもいちばん大きい、木彫りの古代仏像に近づき、いきなり、そのかっこうのよい腕を、ポキンと折ってしまったではありませんか。
 しかもそのすばやいこと、三人の人たちが、あっけにとられ、とめるのもわすれて、目を見はっているまに、同じ陳列棚の、どれもこれも国宝ばかりの五つの仏像を、つぎからつぎへと、たちまちのうちに、片っぱしからとりかえしのつかぬ傷ものにしてしまいました。
 あるものは腕を折られ、あるものは首をひきちぎられ、あるものは指をひきちぎられて、見るもむざんなありさまです。
「明智君、なにをする。おい、いけない。よさんか。」
 総監と刑事部長とが、声をそろえてどなりつけるのを聞きながして、明智はサッと陳列棚を飛びだすと、また、さいぜんのように老館長のそばへより、その手をにぎって、にこにこと笑っているのです。
「おい、明智君いったい、どうしたというんだ。らんぼうにもほどがあるじゃないか。これは博物館の中でもいちばん貴重な国宝ばかりなんだぞ。」
 まっかになっておこった刑事部長は、両手をふりあげて、今にも明智につかみかからんばかりのありさまです。
「ハハハ……。これが国宝だってあなたの目はどこについているんです。よく見てください。今ぼくが折りとった仏像の傷口を、よくしらべてください。」
 明智の確信にみちた口調に、刑事部長は、ハッとしたように、仏像に近づいて、その傷口をながめまわしました。
 すると、どうでしょう。首をもがれ、手を折られたあとの傷口からは、外見の黒ずんだ古めかしい色あいとは似ても似つかない、まだなまなましい白い木口きぐちが、のぞいていたではありませんか。奈良時代の彫刻に、こんな新しい材料が使われているはずはありません。
「すると、きみは、この仏像がにせものだというのか。」
「そうですとも、あなた方に、もう少し美術眼がありさえすれば、こんな傷口をこしらえてみるまでもなく、ひと目でにせものとわかったはずです。新しい木で模造品を作って、外から塗料をぬって古い仏像のように見せかけたのですよ。模造品専門の職人の手にかけさえすれば、わけなくできるのです。」
 明智は、こともなげに説明しました。
「北小路さん、これはいったい、どうしたことでしょう。国立博物館の陳列品が、まっかなにせものだなんて……。」
 警視総監が老館長をなじるようにいいました。
「あきれました。あきれたことです。」
 明智に手をとられて、ぼうぜんとたたずんでいた老博士が、ろうばいしながら、てれかくしのように答えました。
 そこへ、さわぎを聞きつけて、三人の館員があわただしくはいってきました。その中のひとりは、古代美術鑑定の専門家で、その方面の係長をつとめている人でしたが、こわれた仏像をひと目見ると、さすがにたちまち気づいてさけびました。
「アッ、これはみんな模造品だ。しかし、へんですね。きのうまでは、たしかにほんものがここにおいてあったのですよ。わたしはきのうの午後、この陳列棚の中へはいったのですから、まちがいありません。」
「すると、きのうまでほんものだったのが、きょうとつぜん、にせものとかわったというのだね。へんだな、いったい、これはどうしたというのだ。」
 総監がキツネにつままれたような表情で、一同を見まわしました。
「まだおわかりになりませんか。つまり、この博物館の中は、すっかり、からっぽになってしまったということですよ。」
 明智はこういいながら、向こうがわの別の陳列棚を指さしました。
「な、なんだって? すると、きみは……。」
 刑事部長が、思わずとんきょうな声をたてました。
 さいぜんの館員は、明智のことばの意味をさとったのか、ツカツカとその棚の前に近づいて、ガラスに顔をくっつけるようにして、中にかけならべた黒ずんだ仏画を凝視ぎょうししました。そして、たちまちさけびだすのでした。
「アッ、これも、これも、あれも、館長、館長、この中の絵は、みんなにせものです。一つ残らずにせものです。」
「ほかの棚をしらべてくれたまえ。早く、早く。」
 刑事部長のことばを待つまでもなく、三人の館員は、口々に何かわめきながら、気ちがいのように陳列棚から陳列棚へと、のぞきまわりました。
「にせものです。めぼしい美術品は、どれもこれも、すっかり模造品です。」
 それから、彼らはころがるように、階下の陳列場へおりていきましたが、しばらくして、もとの二階へもどってきたときには、館員の人数は、十人以上にふえていました。そして、だれもかれも、もうまっかになって憤慨しているのです。
「下も同じことです。のこっているのはつまらないものばかりです。貴重品という貴重品は、すっかりにせものです……。しかし、館長、今もみんなと話したのですが、じつにふしぎというほかはありません。きのうまでは、たしかに、模造品なんて一つもなかったのです。それぞれ受持のものが、その点は自信をもって断言しています。それが、たった一日のうちに、大小百何点という美術品が、まるで魔法のように、にせものにかわってしまったのです。」
 館員は、くやしさに地だんだをふむようにしてさけびました。
「明智君、われわれはまたしてもやつのために、まんまとやられたらしいね。」
 総監が、沈痛なおももちで名探偵をかえりみました。
「そうです。博物館は、二十面相のために盗奪とうだつされたのです。それは、さいしょに申しあげたとおりです。」
 大ぜいの中で、明智だけは、少しもとりみだしたところもなく、口もとに微笑びしょうさえうかべているのでした。
 そして、あまりの打撃に、立っている力もないかと見える老館長を、はげますように、しっかりその手をにぎっていました。

次の回へ(2021/02/1 21時更新)

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