わたしとエリカとチーコはいつも一緒、と周りからは見えているはずだ。
学校にいるときは確かにそう。
グループを作れと言われてば、一緒になろうと確認することもなく、わたし達は集まるし、帰る時も用があればお互いに伝えるが、伝えなければ一緒に帰るのが暗黙のルールになっている。
「三人は仲いいね?」
よく言われる。
いつもその言葉と一緒に、耳の後でザワザワという音を聞く。足の多い虫が畳の上を這うような音。雑踏ではかき消されてしまうその小さな音は、一人静かな部屋に戻ると、そこに何かがいるようにはっきりと聞こえる。
ある2月の金曜日、エリカは言った。
「今日、リエ達とカラオケ行くから。」
「うん。わかった。」
チーコは答えた。
わたしはチーコと二人で歩きながら、
「エリカ、どうしたんだろう?」
チーコに言った。
「どうしたって?」
「リエ達とどっか行ったのかな?」
「どうだろう…?」
「リエって、わたし、ちょっと苦手なんだ。」
「なんで?」
「ずかずかと土足で踏み込んでくるかんじ?」
「う~ん、たしかにね。でもそこがリエのいいところだよ」
チーコは言った。
わたしとチーコは似ている。地味ではないが派手でもない。教室ではどちらかというと端の方で静かに話すタイプで、中央で大きな声で話すのがリエだった。リエの笑い声は教室中に響く。
わたしはリエに話しかけられると、何かリエ好みの答えをせがまれているようで緊張する。
わたしの答えがリエの期待にそぐわないと、リエは、
「もうちょいがんばれよ~」
なんて、わたしに言うのだ。
チーコもリエに同じように言われてるのを見たことあるが、エリカが言われているのは見たことはない。
エリカは派手ではないが可愛いのだ。男子に話しかけられたりもする。
チーコとエリカは1年の時に同じクラスだった。わたしは2年になってチーコと仲良くなって、エリカともグループになった。
「この3人が一番、落ち着く。」
と、いつかエリカが言ったことがある。
その時わたしは、エリカが自分の恋人にでもなったかのように嬉しかった。
「エリカって、わたし達といて楽しいのかな?」
わたしはチーコに言った。
「どうしたの? 気にしすぎだって?」
「そうかな。何かわたし達に遠慮してて、本当は毎日リエ達と帰りたかったりするんじゃない?」
「エリカはそんな人じゃないよ? そんなにリエ苦手なの?」
「……うん。」
「まあ、合わないなら無理して付き合わなくてもいいんじゃない? でもエリカの邪魔までする権利はないよ。」
「それはそうだね。」
わたしはそれ以上、エリカとリエについては何も言わなかった。
テレビ番組や音楽の話などして、二駅過ぎるとチーコが乗り換えで降りていった。
わたしは地元の駅に着くと、中学の同級生のヤヨイに電話した。
「ヤヨイ? 久しぶり。元気?」
「うん。元気元気。どうしたの?」
「何となく……
(学校で疲れてさ)
……ヤヨイと話したいなと思って。」
「じゃあ今から会わない? 今地元?」
「うん。」
わたしは嬉しくなった。
ヤヨイと会うのは久しぶりだった。中学ではいつも一緒にいた、今のエリカとチーコのような存在だった。
「いつ以来だっけ?」
ヤヨイが聞いた。
「1年以上? 高校入ってすぐに会って以来じゃない?」
「そうだよね。」
ヤヨイは髪型が変わったせいか少し大人っぽくなったけど、中学のヤヨイの延長のヤヨイで、わたしはほっとした。
「高校どう? 楽しい?」
ヤヨイが聞いた。
「うん。まあまあかな~。何か苦手の人とかいてさ……。ヤヨイは?」
「楽しいよ。仲良い友達が出来てさ、春休みに広島まで旅行するんだ」
「そうなんだ……」
ヤヨイとはそのあと2時間も話したのに、あとは覚えていない。
わたしは真っ暗な部屋に戻ると電気も点けず、そのままベッドに寝ころんだ。
「何だか、疲れた」
と思った。
「何が?」
と思うと、ザワザワと音がした。
エリカがリエとカラオケで歌っているところを想像した。
ヤヨイが友達と旅行するところを想像した。
「広島ってどんな街だろう? 遠いのかな? 私は修学旅行以外で東京から出たことないな……。」
チーコが一人部屋でヘッドホンで音楽を聴いているところを想像した。
チーコにメールしてみよう、と思った。
「いま何してる? 暇なら電話していい?」
わたしは送信して10分待って、20分待って、チーコが返事をくれない理由を考えた。
・マナーモードにして気付いていない?
・あ、音楽がうるさくて気付かない?
・寝ている?
・わたしが嫌い?
・電話したくないから後でメールしようと思ってる?
・チーコはわたしに内緒で本当はエリカ達と遊んでる? わたしのことを付き合いづらいとか話して共感して笑い、チーコはリエに「苦手だって言ってたよ」と言って……ザワザワ、ザワザワ……
その時、わたしのケータイがメールを受信した。
チーコのメール。
「ごめん寝ちゃってた。どうしたの~?」
わたしは「寝ちゃってた」ということに安心し、「どうしたの~?」電話ではなくメールで済ませたいのかもしれないと思って、怖くなった。
わたしの返信。
「うん。家族がいなくて家に一人で何か暇だったから。」
電話が鳴った。
わたしにはその呼び出し音がザワザワと聞こえた。
「もしもし?」
「チーコだけど、大丈夫?」
「うん。大丈夫。」
「何か寂しそうだったぞ?」
「……うん。」
「泣いてんの? 何かあった?」
わたしはエリカを責めつつ同じことをしている自分が嫌な奴に思った。ヤヨイと会ったことをチーコに謝りたいような気がした。エリカの気持ちもわかるような気がした。
けれど、それらを言葉にすることはなく、
「泣いてる泣いてる。チーコの電話が嬉しくてさ~」
いつも通りの明日のために、冗談めかしてわたしは言った。
(了)