「カシャ」

わたしは撮るのがすきだ。

撮った写真を誰かに見せたりしないし、自分で見返したりもしない。もちろんインスタなんかやってないし、ふとい望遠レンズの一眼レフを提げたカメラ女子でもない。
ただ、瞬間をスマホの中に”切り撮る”のがすきなのだ。

カシャ。

このレトロなシャッター音を聞くと、お祖父ちゃんを思い出す。

お祖父ちゃんは従軍カメラマンだった。陸軍に同行してミャンマーを越えてインパールまで行ったらしい。
そのことを聞いたのは一年前、父と一緒に遺品を整理していたときだった。父が押し入れの奥から厳重に―――父がそう言った―――しまわれていた――ケースを見つけて開けてみたらフィルムカメラが入っていた。ニコン製でボディには傷やへこみがたくさんあったけど、レンズも内部もすぐにでも使えそうなほど手入れされていた。

「使わないで放置しておくと中にカビが生えたりするんだよ」

父は不意打ちに、そのカメラでわたしを撮った。

「お、フィルムが入ったままだな」
「お祖父ちゃんが撮った写真が入ってるの?」
「現像してみるか?」
「でも……」

わたしはうまく言葉にできなかったが、戦場の焼けただれた死体や体の一部を欠損した兵隊の写真が出てくるのではないかと怖くなった。父もそれを感じたのか、

「やめとくか。親父がこんな風に封印していた過去をわざわざ掘り返すこともないな」

カメラは閉まってあった通りに押し入れの奥に戻された。

カシャ。

わたしが死んだら、スマホに撮り溜めたこの写真を誰かが見るのだろうか。

何の取り柄もないわたしという一人の人間が生きた証、なんていうには大げさだけど、ここには、わたしのすきなものが詰まっている。すきなものを撮れることは、軍に撮らされていたお祖父ちゃんに比べればよっぽどしあわせだと思う。
そんなことを思いながら、なんの変哲もない平和な街の景色を今日も”切り撮る”。

(緋片イルカ2019/1/1)

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